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2014年3月26日水曜日

さとういらず

でもめんを今週つくっている。
こういう高い大豆はきぬか寄せ豆腐というのが自分なりに自分用の規律としてきたわけだが、もめんもうまかった。
月曜日からあしたまで毎日なのだがだんだん良くなっていく。
初日はややあれていた。
荒れがいかに豆腐のマイナス要因かと言うことを再認識する。
たぶん失敗したにがり豆腐よりも、上手な硫酸カルシウム豆腐のほうがはるかにうまいと思う。一般のひとに食べてもらっても答えはおおよそ見当が付く。

畑におからを撒き・かき混ぜしだしてから3週間くらい立つだろうか。一日の製造量がたかがしれているので春のおから撒きは3,4反程度かなと思う。しかもうすーくまけるだけで、2・3回転するようかなと考える。

岩波の大英和がとどく。
高校の時に使っていたのは表紙がとれてしまってかわいそうな状態だ。
越谷の古本屋さんよりデッドストック品、送料込みで4500円。ぴっかぴかの無使用でもうけものであった。日本の古書検索、という検索コーナーはおもしろい。古本が安い。世の中は、電子化が原因で読まなくなったというより、そもそも文章を書いたり読んだりしなくなってしまったのだろう。これは学校の先生を責めてもしょうがないことで(われわれの時代より今のほうが先生たちの気遣いはおおきいのだと思う)、何が原因かと考えれば"豊かな文化生活"とやらに起因するのかもしれない。決して豊かではないはずだが、ただ所有物が多いのと情報がいくらでもいとも簡単に労力・金銭ともに少なくして手に入ってしまうことがおおきな原因だろう。

物置を片付ける。
いちばん古そうなスチールの扉付き書(類)棚をあけた。
かびくさい文庫でいっぱいだったが一番上に写真屋さんの袋がたばになっていた。
なんと雨飾山の初めてのときのカラー写真であった。
糸魚川からのながーいコースでたしか脱水症状気味で大変な山行だったような記憶がある。錯覚かもしれないがちいさいとはいえ"つちのこ"を思わせるものに出くわしたが、カメラを取り出している間にいなくなってしまった。急登にあえいでいてふと後ろを振り返ったとき目に入ってきた真っ青な日本海の色のあざやかさは今でも忘れられない。頂上では複数あったお地蔵さんと一緒に写っている写真があった。22,3歳のころだろうか。フトンビシの雪渓もびっしりと雪がつまっていて楽しかった。まだこのときは林道一番上の村営の民宿手前に露天風呂はなかった。
そのあと何回訪れたことだろうか、最初だけ夜行電車であとはみんな車であった。
そのほかにもサイクリングで全国を回っていたときの写真もあった、ただしカメラは不得手だったのでそんなに数はないのかなー。恥ずかしさもありみるのはまたにしようと思った。

もひとつすごいものに祖父が亡くなる前後の日記が出てきた。
1970年と書いてあるので16歳だ。
ちらっとみたがつらい内容なので読めない。
メリーなんてコリーのわんちゃんが亡くなった時の記述もある。
三島由紀夫の自決したときのこともある。
たぶんこわくて読むことはもうないのかな。
自分が死んだときに意味をなすのかもしれない。

そのほかにも国語の教科書の中にテストや生物のレポートがはいっていたりとおもしろかった。
自家製の英語の暗唱例文帳などもありほこりをはらって座敷にもってきた、少し楽しめそう。

小学校の時の卒業アルバムもこんなところにあった。わたしはこういったものを大切にしないおばかさんだが、まっさきに自分のクラス・・・何組だか忘れちゃったよ・・・をさがし夢中でMを探した。ど真ん中に写っていた。やはりかわいい子だった。
先生は・・・・クラス会もないので、元気かどうかもわからない。たしか20歳の頃お邪魔してラーメンをとってもらったことを覚えている。
山川の歴史教科書、中国史・イギリス史、中京出版の歴史参考書。なんで歴史がつまらなかったのか、読んでみて探ってみよう。

ほかの箱にもまだまだいろんなものがありそうだ。
捨てていいのかいけないのか。
困ったものだ。

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