行く。
先日買ったハワイ・コナがなんかさっぱりしすぎていてあれでいれかたがよかったのかなと聞いてみたら、さっぱり系なんですと答えてくれた。
窮極とはこういうものなのかなとよく考えるとほかの分野でもおおむね窮め尽くした姿は"無"であったなと"理解"する。
ただし頭で考えて"無"を売りにするのは程度が低いので自分は自分なりにやっていけばいいと考える。
自分自身は"あくが強い"とは決して思ってはいないのだが、自分の思うようなこと・好きなことを押し通しているのが「あくが強い」と思われるのなら仕方ない。
話は転じてしまうか小澤征爾が人気が高い(評価が高い、とはあえていいたくない)のもこういうことなのかなと理解する。
しかし多くのひとに好まれるものが"ほんもの"といえるかどうかは別次元の考えである。
評価する側が時の流れとともに変質してしまっているので正しい基準というものを設定するのがいいことなのかわるいことなのか迷ってしまう・・・が自分はやはりプラトン流なのかなと考える、アリストテレスではない。
多元的であることを大切にしながらもひとつのこと・ものを追い求め・・・、これでいいのかな。
石垣島の小浜大豆を選別する。
現地での播種期はたしか10月頃だったか正月頃だったか忘れたが、気候の全く違うところではなるほどとびっくりしたものだ。
おととしは7月に2期、8月あたまにもうひとつと三期に分けてまいたができる限り遅く蒔くのが正解のようであった。去年は7月の20日ころだったろうか、ややボディが行き過ぎで収穫はあまり良くない、褐色斑がきわめて多い。
褐色斑が多いのはいつものことだが、タネに気をつけてきれいなものを蒔いても褐色斑になってしまう。言うまでもないことだが褐色斑を蒔くと必ず褐色斑になってしまう。
沖縄ではこの大豆で"石豆腐"を作ると言うことだが2-4ミリ程度の大きさにしかならないこの大豆は選別だけでも難儀である。ちいささを生かすとしたら納豆しかないのかなと考える。どんな味の豆腐になるのか興味があるが、今日選別しただけでも200グラム程度なので気の遠くなるような話である。ただし褐色斑はきれいなものの10倍くらい出るのでそちらで造ればいいということだが・・・褐色斑のほうが一般論としては糖度は上がっている。
いずれにしてもこの大豆の手選別は2時間越すといらいらしてくる。
0 件のコメント:
コメントを投稿