ページビューの合計

2011年2月10日木曜日

また体調悪くなる。

夢の中に桐生のうどんが出てきた。
ここ毎日桐生のうどんが恋しくなる。
あのタイプのうまいうどんはほんとに初めてであった。
あのうどんのために一句ひねりたいところだが・・・。

亡くなった母は相撲がが大好きで脳梗塞後周りからみて、ぼけーっとしたように見えていても必ず2週間きちんと観ていた。
なり手がいない、給料不公正、・・・等努力しても・・・という感じの角界で一所懸命国技を守ってくれている若いひとたちが気の毒だ。
ばくちは一般に普通の家庭に育ったひとたちには社会に出るまでは無縁のものだが、外へ出るといろんな誘いがやってくる。賭け事は人間の本能みたいなところもあり、それをある限界点で押さえられるか否かが「おとなの証」だと思うのだが、ずるずると・・・というパターンが多い。多くのインテリ、もの書きたちがばくちのすすめ的なことを書いているが「弱いもの」には毒である。
ばくちと八百長は対になっているものなのかどうかよくわかりませんが、この習性は"先輩"たちからの受け継ぎで延々と続いてきたものだろう。
見ている人に夢を与える職業ばかりでなく、普通の製造業であっても八百長はある。不正表示、誇大広告・・・。表示が正しくても表示相応の内容を感じさせるレベルに達していないものは八百長・詐欺である。無・・・、何々は添加していません、・・・食ったらたいしたことないなら限りなく八百長・詐欺に近い。
言ったことを達成できないのに一切責任をとらない議員は法律で保護された八百長である。
世の中八百長だらけである。
絵や音楽には八百長はない、・・・つぎはぎ合成CDがあったか? グールドは拡大解釈しすぎてはならない。
相撲界よ、がんばってください。
仏壇の前の母の写真はテレビに向かっています。
多福豆脱穀完了。ごみ混じりで2,30キロか。
東京大豆の美品と表示の株を脱穀、たしかに美品であった。わずかな株数なのに2キロくらいはとれたろうか、あと数十倍の株がやや日陰に干してある。かびてなければ良いが。

夕飯(夜8時半から)を食べながら夕刊を見ていると対馬の記事。
白松の黒にがりはここ。
旅の記事だがなつかしかった、もちろん自転車で。厳原の旅館の裏手から一等三角点の有明山登山、といっても海抜600メートル代だったと思うが。途中にあった山城の石垣あと、やぶをこいでいて野犬に追われたこと、記事にも出ていた博物館の館長さんが入間市(狭山市だったか?)に住んでいて所沢のことをよく知っていたこと、厳原を南下したところにあったスーパーというか万屋さんがとなりの森田さんの親戚だったということ、在来種のお馬さん、高所恐怖症でぶるぶるした浅茅湾の上の(ほんとに"上")の万関橋、岩峰の白岳(?)、帰りの船で酔いに酔いのどがかわいてみかんを食べさらに酔って家に帰ってからひと月船酔いしていたこと・・・あとからあとから思い出が。若いときはこういったむちゃくちゃ・無理が必要だ。

あしたは雪らしい。土曜日は新年会。大丈夫かな。 

0 件のコメント:

コメントを投稿