東京大豆と借金なし変異青豆脱穀。
借金なし変異青豆は蒔いたものは黒目であったと思うが、脱穀すると黒目、白目、それに借金なしそのものといえる大豆が出てきた。
ほんとに変異なのかそれとも混入なのか確認のため当分借金なしを蒔かなければならないと思う。
きのう浦和のNさんからいただいた"かきもち"で思い出したが、子供のころ年末には家族総出で自分ちの分、親戚の分等併せてお祭り騒ぎの正月用もちつきを一日がかりで毎年毎年やっていたように思う、これが本家の役目。年があけてもう一回、かきもちを含むやや小規模な餅つきをやっていたように思う、よそでは寒もちとか言っていたようだが。
ちょっと前に書いた繭玉と並び家族のきずなを無意識に作っていた行事だったのだと思う。
時代の"便利"に負けてしまったのだろう。
便利が駆逐するものはあまりにも大きい。
便利が生むものは余計なカネと時間であろうが、これがひとを幸せにしたかというとはなはだ疑問である。
収入が増えれば増えるほど幸せの大きさは上昇する、というのは洋の東西を問わず必ずしも真理ではないということがわかってきたようだ。
Nさんのうちの餅つきはかけがえのない家族の宝だと思う。
50代、60代初頭で夫婦の危機に苦しんでいるペアーは多い。
家族の幸せ、夫婦の幸せ・・・・、もっと他家のひとびとともおしゃべりしたほうがいいのかなと感じた。このことを誘導してくれたこの餅は高価なものである。喜びのときにも苦しみのときにも、他者の声を聞きうるひとの道という渡辺一夫のことばを思い出し、奇しくも彼の話を始めたNさんは店主夫婦同様夫婦道のさとりを開いた夫婦なのかなと感心した。
きのうお店に向かう途中MDで聞いていたNHK FMのセッション9?という土曜夜9時から10時までやっていたジャス・スタジオライブ番組でジュニア・マンス トリオの録音がとても良かったのでこんどNさんに聞いてもらいます。こういうのって結構、押しつけになってしまい場合によっては失礼になってしまうのだけれど。
0 件のコメント:
コメントを投稿