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2011年2月17日木曜日

プレスリー

東村山で運転中プレスリーの歌がラジオから。だれもが知っている甘い旋律の歌で題名は忘れてしまった、"fall in love"という句だけ覚えている。
聞いているうちにぼろぼろと涙が出てきて運転があぶなくなった。
詩の内容ではない・・・よく聞き取れない。あおるタイプの旋律でもない。過去の、ある体験との関わりでもない。なんだろう。
摩訶不思議な音楽の力であった。

問屋さんのごろごろが、埼玉県の昨年の大豆収量・品質は日本最低のレベルだといっていた。特に日本最高平均気温の夏チャンピオンの熊谷・江南地区はひどかったということで例年の25%だそうだ。25%減ではなく75%減の25%である。
契約も結構だが"これでなきゃだめ"というやり方ではまれにこういうリスクがある。
というより、特定のものにしか特化したものつくりには進歩がない、と仲間たちには口をすっぱくして言っている。大豆の能書きを売るのはものつくりではない。材料の能書きだけで商売をしているやからがあらゆる業界を通して蔓延している。素材をそのまま食べる食品はもちろん除外して。
自分たちは加工業なのである、という認識がものつくりの存在理由すべてか否かは別として、おおきな部分をしめていることをきちんと把握していないとおかしなことになってくる。
ぼくらは農家のために大豆をつぶしているんだ、という商売用文句は偽善である。もちろん農家は大事である。材料から消費までの連環のスタートが農家である。農家がなければ何も始まらない。でも"神様"であるというよいしょは苦しい。
また買ってくれるお客様は神様である、ということばも「うそつけ!」である。

買って食べてくださるひとに小さな幸せが導ければ・・・。これだけである。
おいしいといって食卓を楽しんでくださることがすべてである。
ものつくりはもっと作ること自体にいのちをかけなければならない。

・・・・。
(ビアードのフランスのファンが)
先生のご本がフランスでもすぐに手に入りうれしいです。
I just started  reading it today and had a good laugh over my quick peanut butter on rice-cakes lunch.
・・・・・
という文章がケンブリッジのビアード教授のブログの古いのに載っていてgood laugh してしまう。
おもちにバターを付けるのは子供のころやっていた記憶があり、おいしかった。せんべいのサラダ味というやつはバターなんだと思いますが。
ピーナッツバター・・・おかしくはないと思う。
それにしてもフランス人がおもちをどうやって食べているのか、つまり焼いてなのか煮てなのか揚げてなのかわからないが、日本のもちを食べていること自体がおかしかった。
どこで買うんだろう。
カルーセルとかいうフランス生まれのスーパーが昔この近辺にもあったがそれがきっと逆輸入してフランスに持ち込んだのかもね。

先日浦和のNさんからいただいたもちの件もあり、この文章に会ったのも何かの縁かなと思う。

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