お店で古くからの(ということは当然みんなお年をめして・・・)お客様とつい長話になってしまいます。元気だったり、あっちがいたいこっちがいたかったり、がんを2回目手術したり・・・、だとか。
30年も前からのお客様ともなるとほんとに神棚にあげたいくらいの気持ちなのですが、自分のわがままな豆腐造りによくつきあっていただいてることに感謝のことばの述べようもありません。
「いっとき・瞬間ファン(もどき)」になりすぐにあきられ外で顔を合わせても避けるように逃げていってしまうのが商売のおおかたの実態だと思いますが、耐えなければならないことが多すぎるひとの世の世渡りにへとへとになっているきょうこのごろ正月の決心は?と問われると・・・・・、今まで通り普通にいきましょう。
その場その場で対処することはちゃんとして、今まで通りの希望を持ち続けていけばいいのかしらねえ。
私はつきあいも普通と比べると相当せまい人間ですが、自分を受け入れ・理解してくれているひとはわずかではあるけれどもいるにはいるのでその細い線を大切にしていくしかないでしょう。
また、まだあったこともないのにあるいはもうすでに亡くなっているのに自分にとっては「先生」であるひとたちも、自分のこころの大きな支えであることにかわりはなくこれからも希望の光となることでしょう。
さらに「先生」ということばで表すことのできないこころの支えになっているひとたちも大切に思い続けていくことを決意しています。
よくお葬式で引用されることばですが、「ひとは二度死ぬ」というのがあります。
一度はお葬式のとき、もひとつは「忘れられてしまったとき」ということです。
亡くなってしまっていても大切にこころのなかで思い続けてやることが、そのひとたちへの礼儀・恩返しなのかなと思います。
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