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2011年1月15日土曜日

そろそろ今年播種の品種の選定に・・・

ことし何を蒔こうかな。
北海道のものなのに虫食い少なく大量にとれるもの、
あまりさや数は多くないが日本最大級の大粒のもの、
とにかく背が低く虫食い少なく大量にとれるもの、
・・・・・

無線LANにしようとしたができない、子供にまかせてすぐつながる。ただし所詮無線なのでとぎれることもあるとのこと。20メートルのLANコードがあるのでこれなら2階まで引っ張れそう。

税金を払っているのだからくれるものはみんながいただく式、の考えで子供手当や去年だかおととしだかの家族手当みたいな小銭ばらまき政策はいいかげんにやめてほしい。生活保護ももっときちんと審査しなさい。
Mは生活保護を受けるべきだった。親不孝の子供たちは何もしない、知恵もない。転移後の弱々しい体にむち打ってフルタイムの仕事をしていた。3年で逝ってしまった。
かと思うとわけのわからぬ健康な男子が平気で生活保護を受けている。
払った後は適切に使われていればいい。みんなに共通した部分、個別にはほんとに困っているひとに配られればいい。

農家の個別所得保障もおかしい。
逃げ道・ずるい方法もいくらでも出てきそう。
真剣にやっているものだけを保護すればいい。
何も作付けせずかき混ぜているだけの畑の持ち主が平気で農協の会議のひな壇にいるような都市近郊農家。やり方によってはこういう農家にも補助金がおりるのだろうか。

職業によらず、不真面目なものには助けはいらない。

ラジオで斎藤佑樹投手に監督が技術のことより投手としてのあり方を考えよとかなんとか指導していたとあるが、これは誤解を受けやすい言葉でよくないと思う。
監督のいいたいことはわかる。
しかしひとりひとりの選手はいわば職人である。ものつくりと同じである。「技術だけではだめだ」という程度のことは斉藤選手ぐらいのレベルならわかりきったことである。問題なのは技術もないのに高邁な哲学をふりかざす「えせ極め人」のことである。
大江さん゛が引用している「ハビット」とは、日々の細かい作業の繰り返しのなかから身についてくるものの考え方・ものごとのとらえ方のようなものを指す。ものつくりは技術のレベルアップにひたすらにならなければならない。技術の修練を通してしかその人生観・宇宙観ともいえる哲学は獲得できないのである。はじめから大局的なものの見方・自分の位置の考察を求められてもそれはただの思考の産物にすぎないと思う。日々の作業とその反省からのみ高みに登っていく階段は見いだせないはずである。
イチローがアメリカに渡ってまもないころのトレーニング風景や彼の生活・ことばを伝えた番組があったが、彼はすごかった。あの年齢で、・・・というよりあのレベルにいたものには自然に出てきた雰囲気・言葉・態度だと思うが、先に述べたものつくりのハビットに相当することが番組から伝わってきた。イチローはとんでもないレベルのひとだと思った。

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