東京オリンピックで所沢がクレー射撃の会場になるのを記念して植えられたもので、もう50年くらいたつのだろうか。
50年でもこんなにぶっとくなってしまうんだな。
地震を考慮してかいつもの無粋なちょうちんはなく美しい並木となった。
M3を見せびらかしながらスナップしているおじさんか゜かわいかった。
桜はやはり"水"と合う。
見学者に注意しながら車で通りすぎただけだがわずか数分の出来事がこころに沈殿したろうか。
県議選終わる。
逆風下の民主党の看板を隠すこともなくそのまま押し通した水村という近所の青年が当選した。
ころころと所属を変えたり、隠したりの政治家を身近にみていたものとしては心地よかった。
ただ内容は話しをしたこともないのでわからない。
政党に意味があるのかないのかわからない時代になってしまったが・・・。
所沢に4人ということは10万人にひとりということか。
脱穀3時間。
いつになったらこの品種は片付くんだろう。
夕立となる。
ほこりだらになっている自分には気持ちよかった。
この程度ではまだ桜は落ちきらないとおもうが、桜はあきらめて目の前満開のぼけとゆすらうめにうっとりしていた。まっくらでなく明るさの有る中での夕立はここちよい。
このぼーっとした時間も大切だな。
大澤悠里が葬式のときにかけてくれという曲がベートーベンの「田園」で常日頃自分が思っていたものと同じでうれしかった。こどものころからずーっとそう思っている。自分の場合葬式というより、それを聞きながら息を引き取りたいということだが。ただしこだわりがあって、サヴァリッシュ/アムステルダム・コンセルトへボウのもので盤面がすり切れて2枚目も買ったレコードの演奏である。
自分がこの世界に入った動機は夕方6時台に夕立があった今日みたいな"あかるい"かみなり様のときで、NHKのAM第一放送でその時間帯にやっていた解説付きのクラシックの番組だったとおもうが、ちょうど第3楽章から第4楽章へ移行するときの例の"雲間から明かりが差す"ところをやっていたときの感動からである。5年生くらいだったと思うがそのときの場面は焼き付いている。演奏そのものは日本の指揮者/オケだったと思うが、そのあと買ったのがサヴァリッシュのものでステレオのなかった我が家ではこの田園のために安物のプレーヤーを買ったのである。
針交換は針ユニットやカートリッジそのものを変えるタイプのものでなく、平たいヒューズのような針付きカンチレバーを交換するタイプだったような気がする。
ちなみに蓄音機はあったと思う。よく重いレコードを円盤にして屋根の上目指して飛ばしていたっけ。今だと一枚4-5000円するとおもうが。
実はおととし亡くなったMからは「自分の葬式のときは・・・」ということで、葬式のやり方の遺言めいたものを聞いていた。あの子供たちではとてもかなわぬ夢であったが、自分の夢のなかで実現してあげた。それでよかったと思う。
夕方余震。かなりおおきいと思ったが震度4。震源地は福島(?)で震度6。震度6が当たり前の余震になってしまつたようだ。被災地でまた停電とかないといいのだけれど。
ビールがないそうだ。
いろんなとこで故障が起きているんだね。
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