車の免許をとってしまうと趣味ででもない限り自転車に乗ることはほとんどなくなってしまう。
20代あたまで免許とったあと自転車に乗ったのは、こどもに自転車を教えた時。
そのあとはPTA。
そのあとは永くて、地域の配りものをするようになってからかな。
たまにペダルを長い時間漕ぐと2日くらいしてから足がいたくなる。
実は我が家には使用可能な自転車が一台しかない。こわれたのは3台放置。
きのう農協の引き継ぎで出かけようとしたら自転車がない・・・・と思ったら見えないところにしまってあったのだが。
見つからないと思い父親のスズキ電動車いすででかけようとまで考えてしまった。
車ばかりに乗ってる者の欠点だな。車社会の弊害。
自転車がいい。
自転車に乗らない、とはすなわち地域をみていないということになる。
映画監督(?)の山本晋也が彼の番組で縁のできた三陸の山田町の小学校をおとずれこどもたちを励ましていたが、その中の子供たちに対する質問「今どんな気持ち、将来・・・?」に対する子供たちの答えは「美容師になってここで美容室・・・」「料理を勉強してここでお店を・・・」「父親のあとを継いで漁師に・・・」「東京で勉強してそのあとここで・・・」・・・という答えにはただすごいな、という気持ちで自分が恥ずかしくなってしまった。
たくましく育っていくと思う。
高台にある学校の教室から見下ろしたもの言わないがれきの山がつらさを訴えてはいたがこどもたちのたくましさに(もちろんこころのなかにはさびしさ、くやしさ、つらさ・・・が充満しているのだろうが)こちらが励まされてしまったようでもある。
3時間脱穀。
きょうは暑くてまいった、疲れたよ。
騒音の中でホフのピアノでリストを聞いていたがクラシックはダイナミックレンジが広いので無理かな。
脱穀中は歌謡曲か民謡か落語か朗読か講演だと思う。
ほんとに暑かった。
脱穀柄がだいぶたまったので肥料用大豆(かびの生えたものや虫のわいてしまったもの)とともにまいてこなくては。
朝から気になっていた臓器移植。
どうやら手術は滞りなく終了したようだ。
提供した10代前半の子の思いが家族に伝わりさらに受け取った側に伝わりといういのちの伝達を通して、提供者であるこの子のおもいの火が消えることなく世の中にメッセージされていくことを願うばかりだ。
きのう新聞を見てからずーっと考えにふけっていた問題だが多くのひとに勇気を与えたおおきな事件だと思う。
うち一件は地震直後大きな浸水・破壊を受けた仙台空港への移送・東北大での手術ということで成功を願うばかりであったがうまくいったようだ。
面識もないひとへの"いのちの提供"・・・限りなくとうといことだ。
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