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2011年4月9日土曜日

MDのボリュームは

どの機も最高の目盛りで聞いているのでいかに耳が悪いかと言うことがなっとくいくのだが、きょう携帯CDプレーヤーでCDを聞きながら脱穀していた時の目盛りは7割程度の目盛りだったろうか。
また音質もCDのほうが豊かに感じた・・・音域の広さとかいうものではなく音の粒のふくよかさである。
ただ携帯CDプレーヤーはかさばってしょうがないので収納ポシェットかポケットのおおきい作業着が必要である。
なんといっても音楽ソフトは自分の場合テープについでCDが量が多いので携帯CDプレーヤーは大切である。この機械もヤフオクで3000円台だったと思うがMP3も聞けるので便利である。パナソニック。ソニーのは音質はずーっといい感じで、音域も広く感じるが故障が早い。すぐ音飛びし出す。レーザーピックアップをおそうじしてもだめなので回路の問題だろう。安い部品を使った機械はどんなに新品の時調子よくても、部品保有期限内に不具合を生じる。部品保有期限をすぎても快調な機械という物には敬意を表せざるおえない。良きものつくり精神のあふれていた時代・メーカーの文化遺産といえる。

いま脱穀している品種はおおむね30-40程度のさやの数であるがときどき(というよりけっこう)200以上のさやがついているものが出てくる。
うねのはじっこというか道路に面したりしているところは風通しや日当たりのよさが手伝ってかどんな品種でもさやの数は多く、枝豆を盗まれてもそこそこのさやの数を維持している。
ということは密植ではなくすこし余裕をもたせたらということを考えるのだが、やはり雑草を覆い被してしまうということにおおきな意味があるのでやはり密植でいくしかない。
でも200もさやがついている株はやはり栽培しているものに元気を与えてくれる。・・・やる気を起こさせてくれるものである。
ゴミ入りで100キロはもう脱穀したろうか。
思ったよりたくさん取れている。

結局雨降らず。

どん底に落ち込んだひとにどう向かうか。
話を聞いてやるだけでいい。
ああすべきとかこう考えろとかは言わない、しゃべりたいだけしゃべらせて聞いてあげるしかない。
そして生き続けることの意味をそのひとに併せて工夫してしゃべるしかない。
聞く側もつらいけど一緒に悲しみ苦しんであげること。
ついこないだまで自分もどん底にあった。
完全に脱したわけではないけどいつもはげましてくれたひとがいた。
自分のことを思ってくれているひとのためにも生き続けることだ。
"思われている"という感覚がひとに前向きの力を与えてくれる。

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