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2011年6月30日木曜日

題名の欄しか書き込めないようで・・・グーグルの不具合かと思われるが2、3ヶ月に一回あるな・・・。

夜9時50分、書き込める。
3枚目の畑にとりかかるが2畦蒔いて夕立となる。
2時間もしないでまた晴れるがきょうは事実上畑は休み。

お店から帰ると「空から眺めた・・・」をやっていた。
伊豆諸島である。
最南端、人口180人の青ヶ島はトリであった。
ついこないだまで250人とか言っていたと思うんだが・・。
製塩所も出、山田さんもしっかりと写っていた。
入り口のところに写っていた「ひんぎゃのにがり」全部ウチの分である。
いつかは行かないといけないと思うのだが予備日まで含めて7-10日は予定しないと無理のようである。しょうちゅうもさることながらあの外輪山とカルデラの内側を散策してみたい。

学校は生徒25人に対して先生22人という超デラックス環境。
集団競技など難しい点もあるがこころ豊かな人間形成の教育がなされることと思う。
先生から伝えられる知識の内容ではなくて先生と生徒とのこころの掛け合いに意味がある。
きのういった日本の教育全般に欠けるのはここの部分が大と思う。
進学校といわれる学校から優秀な政治家が育たないのはここのところにおおいに関係しているはずである。

御蔵島というのも魅力的で原生林の彷徨がなんとも魅力的な願望となる。
この島の自然水は名水としてペットボトルで売られているはずである。

据え置きパソコンがいよいよ変になってきた。題名の欄しか書き込めないようで・・・

2011年6月29日水曜日

きょうは何度あったんだろう。

朝から暑かった。
お店の地階は9時からクーラーが入っていたので異例のことだ・・・去年は毎日のように異例だったが。
お客様のところの従業員が"涼しくなる"というスプレーを背中に吹きかけてくれた。
たしかに涼しくなるのだがびしょっとした感じがありやや気持ち悪くもある。
サロメチールみたいなものだろう。

2枚目完了。
ただし真ん中部分が補填蒔きの必要。
目標としてはあしたまでこの畑。
いやもう暑いのなんのって。一番暑い時間帯は鳩はこない。
4時くらいからやってくる。
きょうあらたに発見したことだが、鳩たちは芽が出たばかりのやわらかくておいしい部分を食べることばかりでなく、蒔いた直後の発芽体制に入ったばかりの豆をほじくりだす習性もあるようだ。
よく考えてみると畦と畦の間に株が出ちゃったりして中耕のとき困ってしまうことがよくあったが、これは私がタネをこぼしたわけではなく鳩がタネをほじくり出して放ったものである。きょういくつかそういった大豆を発見する。
ますますにくたらしくなってしまう。

名古屋は19世紀以降の最高気温とか。
お店はクーラーが強い。
きょうも頭がくらくら、やや吐き気ありだった。
体の調節がおいつかないのかもしれない。

電力会社の株主総会はどこも大荒れだったようだ。
東電株など金みたいなもので上がりもしないけど下がりもしない、というのが地震前だった。
どこもかしこも相当数所有しているはずでこの先どういうふうになっていくのだろうか。
各地の原発で当該市町村の首長たちは再開了承ということになりそうだ。
「そのような市町村になぜ原発を誘致したか」ということからはじまって「原発だけが収入源」になってしまった状況に甘んじてきた首長や議員たちの無責任はいうまでもないが、そもそもが都市と地方の格差の拡大を見て見ぬふりしてきた行政や代議士たちのいいかげんさも怒らなければならない。
都市と地方がそれぞれ勝手なことを言い合っても何も生まれない。
指導者が欠乏しているのである。
というより日本には政治などというものがないのかもしれない。
私立・公立ともどもに学校教育の不備に起因するものと思われる。

2011年6月28日火曜日

火曜日は仕事をすこし

減らしてあるので早くから畑に行ける。
あついのでお昼の一服が長すぎるとだらけてしまう。
1時から4時半まででギブアップ。
きょうは去年の最高レベルの気温とタイくらいだろうか。
水は1.5リットルくらい飲んだ。
かなりな披露だが達成感があり却って元気になってしまう。

11時台にお昼をしていたがテレビでタブレット端末というのを説明していた。
いままで先入観で回避していたものだがとてもおもしろいものだなと感心する。
必ずしも家の外への持ち出しを前提としたものではないことがわかる。
家の中だけで使うという用途も十分ありノートパソコンが単に小さくなったものではないことを認識する。おもしろそうで、あってもいいなと思ったがダウンロード・アクセスすべきデータの整備がまだまだのようで楽しみはちょいとおあずけかなと思う。
たとえば、研究者・マニアにとってはぜひみてみたい古書の原本や模写の写真コピー等は図書館や博物館の書庫にめったに見られることなく保存されているよりはインターネットを使って簡単にお安く見られる状態になったらすばらしいことだ。
本当の"教養の時代"がだれにも可能となれる時代が来る。
大学のの図書館等もそこにしか存在しない古書籍、その大学輩出の学者や傑物たちのノートや論文等も自筆のまま公開したらいい。
テレビでは地図のこともやっていた。カーナビのような機能にプラスαした遊びが縦横に楽しめる。
いくらでも使い方が出てきそうだ。

お店で閉店間際のころ頭がくらくらするのと鼻水が出るのを意識する。
風邪と熱中症の合わさったものかしらね。

鑑定団で香月康夫のほとんど黒の水彩画が出る。
このひとはある商業者の集まりで精神論を売り込む公園かなんかで知った名前で、その後シベリア抑留とからんでテレビ等でもさんざん取り上げられたのを覚えていたがむ恥ずかしながら絵をみたことはなかった。
若いときからシベリアの絵にいたるまで画面に出てきた絵はいいものばかりだった。
シベリア抑留の事実を知らなかったとしても精神の高さ・清さを感じるすばらしいものである。
実物の展覧会があつたら行ってみたい。
それにしても夜になっても暑いな。
9月のお彼岸までどういうことになるんだろうか。

2011年6月27日月曜日

気温は低く

しのぎやすいがやはり湿気はある。
2時まで忙しくてぐったりだった。きょうはさすが腹が減りすぎて気力もだいぶダウンしてしまう。
お昼をとっても即快調というわけにはいかない。

2枚目の畑の補填蒔き。
こちらは一部さらさら土をよそからもってきているのでその部分だけ発芽が早かったのだがだいぶ食われている。ひこばえ状態の芽がでているが、これはお米と同じでボディはおおきくならずさやもあまりつかない。生命のしぶとさに感心するばかりだが、いかんせんひ弱にしか成長できない。それでもぎりぎりのところでいのちの継続という勤めは果たしているわけだ。

ホロビッツ、トスカニーニという極めつけの組み合わせでチャイコフスキーのピアノ・コンチェルト一番を2回転。トスカニーニのお嬢さんをお嫁にもらったホロビッツだが両者の心地よい緊張感の掛け合いがすばらしかった。トスカニーニというと無機的・冷たい・ちょっと早い、・・・という評価がおきまりだがそれ以前への反動としてこういうふうな、現代指揮法・解釈の原点ともいえる型をつくったわけで決してロマンチックの排除というものをめざしたわけでもないと思う。
スコアにシビアたれ、といってもやはりやっているのは音楽である。
きびしさの中にあたたかさがあふれている。

しかし農作業には川俣さんのギターのほうがいいなと思った。

中尊寺が世界遺産に。
10年くらい前にいったことがある。
金色堂は雨風を防ぐために古くから覆屋(おおいや)という建物で外側を覆われていたが現在は鉄筋の建物で覆われていた幻滅といえば幻滅だが国宝を守るためだからね・・・。
やや薄暗くてきらきら感はわからなかったが"金色"そのものよりも「とてもちいさい」ということと「柱の螺鈿細工」が美しくて感動したのを覚えている。
とにかくちいさく、茶室ぐらいしかなかったかと記憶するが。
金ぴかの建物だからそんなに大きくも作れないだろうが。
金色堂といいながらとても渋さを感じた構造物だった。
全体がゆるやかな尾根の上にいくつもの建物を連ねているお寺。
また行きたいなあ。

夕飯を食べているとなんと「税務調査官 窓辺太郎」。
ぼくはこのシリーズが大好きでなんというかこれこそ日本版コロンボという感じがする。
ストーリーよりも小林稔侍と麻生祐未の掛け合いだけで満足で、それだけで幸せいっぱいになる。麻生祐未はとてもきれいなひとでこのどもっておどおどした国税専門官補佐の役がおかしくかつかわいくてしょうがない。
テレビは見ないといいながらこの番組は別格である。
ストーリーは水戸黄門みたいなもんで浅見探偵同様日本人のこころの深くにひそむかわいい性向を印籠まがいの権威でくすぐるといういつものパターンである。
ガムラン音楽同様はてしない繰り返しが心地よい。
理屈で批判してもしょうがない世界である。

2011年6月26日日曜日

信濃のコロンボが

やっているかと思ったら本物の刑事コロンボが亡くなってしまった。
83歳。
思えばおおいに楽しませてくれた刑事物であった。
洗練さという点からするとB級かもしれないが、B級なりの気品はあった。
イギリスではなんといっても未だにインベクター・モースで中年インテリ独身警部の精神の更年期症状たっぷりにしっとりべったりのドラマ人間模様が豊かに描かれている。
コロンボは人間関係の微妙なあやの描き方は雑だがアメリカ映像の平均からしたらまともな線かもしれない。昭和天皇も愛した娯楽刑事物である。
コロンボ以外に何かの映画に出ていたがつまんなかった。
コロンボがだぶってしょうがなかったのである。
寅さんそういった感じの俳優だったのかな?

メインのパソコンがまたおかしくなってきた。
調子よかったのは1年にも満たないかもしれない。
今このブログは枕元にあるDellの準高級身ミニノートで書いている。
ふだんは先入観からか使いにくいというイメージが先走ってしまいキーボードを打つのは敬遠してきたが使ってみると意外と使いやすい。もちろん片手使い。自分は日本語入力なのでキーボードの幅が適度に狭くてかえって使いやすいかもしれない。
ただテンキーがないのが欠点であるが数字はそんなに入力するものではない。

時間が前後するがきょうの畑は心地よかった。
イタチ豆三回目の補填蒔き。これが最後、決定版。ちょいと工夫する。
となりの畑では芽が出たてのさやなみを総攻撃している、このやろ。
川俣さんのCDを聞きながらの作業となる。
58分の録音を3回転聞いてしまった。
川俣さんは明らかによくなった。
15年くらい前のあのときから聞けなくなってしまったがこないだのコンサートにしてもこのCDにしてもあきらかに成熟の数ステップを感じられた。
人生の厚みが技術を押し上げた。

意外というか以前にもだれかの演奏で武満のギター曲を聴いたときも感じたことだが、無調や旋律というものの感じられない現代音楽にあってもギターはりっぱに音楽の幸せをちゃんとこちらに伝えてくれるということがわかった。
ギターのすばらしさを再認識むする。
川俣さんもしっかりと熱中していた、いい演奏であった。

今は農繁期で本もろくすっぽ読むこともできないがハングリーにさせてくれることでわずかな時間を大切に感じることもでき、幸せといえば幸せである。
武澤先生が口癖の「残された時間」ということを重くかつ気楽に受け止めよう。
中断したら中断でいい、夢・目標はきちんと持ち続ける。
きのう浦和でNさんにいろいろなことを教えられたが、こんな年齢になってこんなすてきな出会いがあったことになんと感謝したらいいのだろうか。
こどものころから人見知りがひどくてひとの前にでるとむおどおどとして何もしゃべれなかった自分だが、今は少しは会話もできるようになっている。
きちんとした日本語にはなっていないけれどもたいした飛躍なのかもしれない、内容はないけど。

とここまで40分くらいかかったかな、床にしゃがんで書いているので腰がいたくなってしまった。

さて、レコードでも聴きながら寝よう。

2011年6月25日土曜日

お天気大生はずれ・・・と思いきや

やっぱりあたったな。
朝ピーカンでこりゃきのうと同じだわと思ったがすぐに雲に覆われる。
でも蒸している。
機能は熊谷で39.5度を記録。
6月としてはもちろん最高。
6月としては、という断り書きからするとこれより暑いのがいや熱いのがあったのか。

川俣さんのギターを記紀ながらまき直し。
途中で夕立。
3時半で終了。

2011年6月24日金曜日

何気なしに日陰の棒温度計をみたら

35度あった。
そんなに暑いとも思わないが風のせいだろうか。
猛暑日、というんだっけ。
去年の猛暑できたえられてしまっているのかもしれない、たいした暑さではない。
家の中ではごはん食べるところにしかクーラーはないが、クーラーはことし一度も動かしていない。
耐えている、わけではない。
年齢のせいで暑さに鈍くなったのかもしれない。

きょうはお昼のビールはやめる。
水がいちばんうまい。
パソコンのところに涼しい風が入ってくる。
自然の風はいいねえ。

畑はさほどの暑さは感じなかったけれどもペットボトル大は1.5リットルは飲んだかな。
なんだこんな程度かという、2.5時間であった。
水の飲み過ぎで胃の中はぴっちゃぴちゃ。
ビールに対する欲求は減じてしまった。
このへんは工夫が必要だな。

不正・違法生体肝移植。こんなこともおきるんだな。カネの動きよりも医師が自分のためにカネで他人を養子にしてその腎臓をいただいたという話だ。河野洋平はたしか息子から腎臓をもらっていたような気がする。
科学者の好奇心による脱線の話とはちがって「医師にとって切実な、自分自身の体の問題」から発生した事件だが科学もただの理科系の人物たちには「罪と罰」の中の問題が当たり前の享受すべき神から与えられた権利などと考える愚か者がいくらでもいるんだなと感じた。
科学の倫理と言えば遺伝子操作の問題がすぐ思い浮かぶが、倫理倫理と騒いでいる裏では好奇心故のクローン人間の"製造"なるものも行われているんだろうなと勘ぐってしまう。
原子力発電など氷山の一角なのかもしれない。
学問、教育のあり方をもっと真剣に考えなければならないのだが教育を司る官僚たちがそもそも人類の行く末やひとの道、ファッション化した"生きるちから"について真剣に考えているようにも見受けずこれからひとびとは寿命ばかり延ばしていってどうするんだろうかと思う。
PTAをやっていたころやたらと校長が口にしていた「いきるちから」ということばにほんとに腹が立ったものだが、ファッションやノルマで口にしているこういった"重いことば"がかわいそうであった。
僕は教員は大嫌いだが・・・父の姉が教員でそいつに対するトラウマがある、戦前は愛国教育。戦争が終わったとたん民主教育、日教組。戦前の教員たちは終戦とともに教員を止めるべきであったと思う。知識人の末端・端くれにあるものとして生き方を誤っている。この点に丸山眞男の"他者感覚"を適用することはできない。恥ずべき事である。このようなたぐいの教員・校長にあふれていたのがぼくらの子供時代である・・・ほんとうは教師とは聖職である。導くなにがしかを若い者たちに示すのが教師である。言葉でなくともいい。授業の方法論そのものの中にも"導き"もある。答えを示す必要はない。
授業よりもむしろクラブ活動、恋愛・いじめ・運営というクラス"生活"の中にこそ真理はある。
学校の意味がわかるのはずーっとあとだ。
わかったひとたちがしかけをしてやるのである。
自分には教師たちとの"出会い"がなかったのかもしれない。
この点は不幸であった。

2011年6月23日木曜日

ゆんべは暑かった。

寝苦しい夜だった。
朝雨があったが昼からお日様が。
腕の日が当たる側にしみが多くなってきた。
年齢と畑のせいかな。
もうちょっとたつと細かいしわが多くなる。

畑が終わると・・・三ツ矢サイダー、といきたいところだが在庫がない。
500のビールでがまんする。
うまいなー。

土曜日は北浦和の例会なので体調を整えておかなければならない。

パソコンのマウスがおかしい。
右左の真ん中にページのスクロール・ダウンとアップをするダイヤルがいうことを利かない。
どうしたんだろう。
強制終了して再起動してもだめなのでマウスの故障なのかな。

きょうも寝苦しそう。
毎日夢を見るのが楽しみな今日この頃だが、これって睡眠障害の症状なのかな。
目覚め後に覚えていられるゆめは10のうちひつあるかないか無いかだが、おおむねなんのことはない平凡な内容だと思うがそれでいいのだ。そしてとんちんかんな人・時・場所の組み合わせが楽しいんだな。
たとえ浅くともあの"不眠"のつらさ、と比べたらなんのこともない。
不眠とは「ほんとに寝られ」ないのである。
あくびもでない。
疲れ切って最後には寝てしまう、ことができない。
酒飲んでもかえってさえてしまう。
居眠り運転しないながらも側方感覚等はあきらかににぶっている。
体重は確実に5キロ以上やせる。
腹は減るのに目の前に食べ物が出てくると食べられない。
眠れない人が増えているとのことだ。
こころが病んでいる。
だまって愚痴を聞いてくれる友達が大切である。意見してはいけない。ただ聞いてやることが励ますことになる。

2011年6月22日水曜日

真夏模様

熊谷は猛暑日だろう。
東北がきのう梅雨入りとか、こちらのひと月遅れ。
きょうなんか原発内はあの服装で入ったら地獄だろう。
国会内もクーラーなしで、ネクタイ着用正装でやったらいい。

なぜか暑くなると本を読みたくなる習性がある。
子供の時からそうで、クーラーなしの緑陰読書である。
ことしの栽培はどうなることやら。

2枚目も3/5程度終了。
強い紫外線のため長袖で作業。
いいスポーツかなあ。
走ったりするわけではないがゆっくり長くなのでこたえる。
ひょっとしたらこのまま梅雨明けしちゃうような予感・・・去年がそんな感じですぐ梅雨明けになってしまい、そのあとずーっと猛暑。

どうやら今夜は熱帯夜のようだ、まだ6月22日だよ。
きのう健康診断に行く途中ミューズの脇をとおったら異様にごったがえしていて「なんかあったのかな」と思っていたが、きょうパートが「あやのこうじきみまろ良かったよ」だった。なーるほど。千昌夫山本譲二が中ホール(800人)なのに対してきみまろ先生が2000人ホールとはねえ。すごい人気なんだね。

これもきのうの事だが5年前に買ったらくらくホンの電池がアウトで取り替えに行ったら、無料だった。ドコモ。
そこここに電話屋さんがあるが、初めてそこに入った。
異様にばかていねいで気持ち悪かったが一銭もかからなかった。
お茶付き、帰りは数十年ぶりに飲むことになるコカコーラのちいさい缶をいただいた。コーラのあのくせを神妙な気持ちで味わっていたが、なつかしさはなかった。つまり自分は生まれてからコーラというものを5回前後しか飲んだことがないのである。
やはり気にくわないものがあるのだと思う、まあまずくはないけどね。

昼間の暑さはいいけど夜はいやだね、温度の高低は別問題。
気温の高いままの夜が耐えられない。
部屋にはクーラーはない。
去年は50日くらい熱帯夜が続いただろうか。

2011年6月21日火曜日

真夏日だったのだろうか。

朝からいままで忙しくて書き込みできず。
夜飲み会。
万葉仮名以前にあったであろう日本の"文字"についてあれこれ憶測する。
記紀の存在に危険となったであろう文書についてもおしゃべりする。
何か出てくる、あっても出さない・出せない事情等、かなり勝手な想像のおしゃべりが楽しかった。
考古学に魅せられるひとが多いのにも頷ける。

それにしても蒸し暑いな、熱帯夜じゃないの。
お店は今年初のクーラーを入れていた。
原発処理班のひとは蒸し風呂作業になっていると思う。
ちゃんと休み休みして無理しないでくださいね。

2011年6月20日月曜日

きょうは蒸し暑かった。

今朝の夢は、えへへへだった。
畑の疲れでぐっすり眠り、目覚め直前の眠りのサイクルの浅くなったときに夢をみるのだろう。
いい夢だった。
舞台は北海道で景色は東北の山の上からのぞきこんだ絶壁である。
出演者はさっきまで目の前にいた・・・。

午後8畝ほど播種、2時間かかる。それほど粘土質。
この辺の土は左官屋さんが使える土とのこと。
トラクターや耕耘機の無い時代は手で耕していた・・・。
ホロビッツ/リスト・ピアノソナタロ短調を5回転聴く。
播種完了したはずのとなりの畑では鳩10羽以上。
なんで、鳩、だけなのだろう。
オナガのように虫を捕まえたりはしない。
菜食主義のようだ。ピーマンの芽も好きだと言うことだ。

バッタの子供をいく匹か確認。
本年度初のクワガタ/メス確認。

ここは武蔵野線が秋津駅を出て、すぐに左側に望める畑だが車窓から手を振ってくれるひとでもいれば励みになるんだけれどね。
"夢"との相乗効果で元気が出るんだけれど。

原発にかかわるどろどろしたものが耳に入ってくるようになりますます原発反対の気分になっている。

お店の前で催事のおねえさんがインスタント水出しコーヒーというのを売っていた。
昔道具を買ってこの「水出し」というのをやっていのを思い出す。やわらかくて濃いコーヒーだったように記憶しているが・・・・。道具はどこへ言ってしまったろう?
飲み会の声かかるも、あした生保更新の健康診断なのでパス。
土曜日は楽しみ。
来月はパートの洋行・孫の世話・仙台応援行等の乱発でこちらは大変だ。
畑も本格的になってくるのでまいったな。
でもがんばるよ。
ホロビッツの100枚セット一万円を8月末までに制覇しようと思う。

2011年6月19日日曜日

九州は大雨

のようで気の毒。
台風も多いところなのでこと大豆に関しては種まきのタイミングに神経を使うことだろう。
九州も大豆のたくさんとれるところ。
土地に合えばおいしい豆がとれる。うまいかまずいかは加工して食べてみてという手探りでさぐっていくしかない。

はとぽっぽの犯人はどうやら30メートルくらい離れた昔から何十羽もはとをかっているウチ所属のものらしい。
まあ・・・・しょうがないや。

きょうは朝から眠たくてしょうがない感じであった。
運転していてもなんか眠たかった。
考えてみるとここのところ目覚めに向かって眠りが浅くなったころだと思うが必ず夢をみる。
きょうもかなり"充実した"元気君アカデミーショー確実の豊かな夢であったが、目覚めたときには覚えていたもののすぐ忘れてしまった。
夢が付随している睡眠をとれること、こんな幸せなことはないのかもしれない。
それにしてもいつも出演者の組み合わせはどうみても一緒でいることのありえないものりばかりである。
また"願望"なるものが部分的に夢化していることもあり「夢判断」なるものが全くのでたらめではないことがわかるが、夢はそんなに単純なものではない。
記憶の脱線、記憶と記憶の異常リンク、・・・。

2011年6月18日土曜日

朝目覚めてまず思うこと・言うことは

「いてて」だと永六輔と前田武彦が言っていた。
まだその境地にはいたっていないものの短期的には「いてて」の時がある。
背骨と背骨の間が詰まって神経を圧迫・・・ということだが、自分だけでなくみんなそれなりにあるようだ。

小雨の中、2枚目のはたけにとりかかる。
先に蒔いた一枚目のはたけは新たに発芽したものもことごとくはとぽっぽ害。
あまりのひどさに笑ってしまった。
あしたからある方法を導入予定。

双葉町、浪江町に嫁いでいる姉妹をもつIさんとおしゃべり。
報道ではいわれていないことがたくさんあるみたいだ。
産官学ではなくて産官学地域ということで何年かしてからあからさまになってくるだろう。
全国の原発は廃止に向かうしかないような気がする。
原発は作るのに巨額の費用がかかる割にはその後はかからない、・・・ようにしてきた、そしてその浮いた分を・・・ということか。一度つくってしまうとあぶく銭どんどん、らしい。安全、ということを節約し根回しばかりに気を遣った結果だろう。

2011年6月17日金曜日

きょうはずーっと雨。

産学官連携による典型的病状のウミが原発事故混乱そのものなのかもしれない。
人間ばかりでなく知識・カネの天下り癒着システムの一変形が産学官という"ミラクルトライアングル"なのだろう。
以前遺伝子組み換えのシンポジウムで我々市民を交えての討論会もどき押しつけ説明会に参加したことがあるが、あのとき筆頭のオピニオンリーダー格の学者(独法か国立の研究機関の学者)が遠回しに「金儲けのどこが悪い?」といった発言を、私の質問に対して、したことを思い出している。
戦後の"ばかな"理科系の典型であった。
改めて日本人のこころのふるさとをさぐっている建築家の武澤先生に敬意を表せざるをえない。
理科系・文化系ともども視野狭窄に陥ったエリートが多すぎるのだろう。

大塚博堂の声がラジオから。
あまりにきれいすぎる声で聞き続けられなかった思い出の歌手だ。
たしか東京音大の声楽を出たひとじゃないかなと記憶しているが30代で亡くなってしまった彗星ののような歌手である。仙八先生の声をさらに洗練させた感じである。
もし自分が女の子だったら自分の「一押し」歌手は彼だったと思う、つまり声のよさ以上に声質が魅力である。こういう高い声の男性に使う言葉として「いろっぽい」というのは合わないかもしれないが、彼の声はいろっぽい。
太田裕美は「ぼく」の歌が多かった、博堂の歌は女心を歌ったものが多い。言い歌ぞろいである。聞き直してみよう、LPもCDもある。
早く亡くなったから価値があるのではなく、ほんとにいい歌手であったと思う。
もし生きていたら・・・・・いい進化をしていたはずである。
亡くなって30年か。

夕飯に今年初の(冷凍でない生から煮た)枝豆が。
三浦半島産といっいた、スーパーにて購入。
逆算して3ヶ月引くと3月になってしまうので途中までハウスかなと思う。
アセチルピロリン臭しっかりついている。粒はややちいさい。
相当な早生かとは思うがまあ合格点かなと思う。
なんでもかんでもだだちゃ豆が基準になってしまった"枝豆界"だがまあブームというのはこの国では逃れ得ない足かせなのでおまけしておこう。
こんなに早く出る必要もない。
早生は早く蒔くというばかりでなく成長・できあがりに要する時間も短いのが一般的である。
やはり畑に長い時間のっていたもののほうが豊かな味わいを含んでいることはいうまでもない。
早生は甘みと香りだけが身上だろう。

安住紳一郎がかるかんのお店でできたてを食べていた。
実はかるかんが大好きなのだが、ウチのパートさんがもってきてくれるやつがうまいんだけどひょっとしたら同じ店なのかな。
本来はそんなに日持ちするものではないはずで、やはり物産展などに出てくるものはいまいちばかりである。
40年前自転車をばらして持って行き西鹿児島の駅に早朝降り立ったときのことが思い出された。
指宿、知覧、開聞岳・・・と回遊。
元気だったなあ。

2011年6月16日木曜日

晴れない割には

雨の降らない梅雨。
水源地では降っているのだろうか。
神奈川県の学校給食が材料の放射能検査をするようにしたという。
所沢ではお茶や野菜からも出ていないという。
風向き云々以前の問題のような気もするけど。
同じ機械、同じ人(集団)が調べれば信頼できる。
また"出た"としても福島以外の原因は考えられないのかね。
原子力潜水艦・空母などは垂れ流しをし放題と思われるけど薄まって計数以前かもしれないが海や魚から出たとしても何が原因かはわからないと思う、福島の至近距離は別として。
イタリアが原発是非の国民投票をして「NO」という結果になったが、フランスの原発で作られた電気を買っているような国のこういった見解に説得力は感じない。
この国の電力政策がどうなっていくのかわからないが、原発廃止を窮極目標にかかげ他の発電研究を推進していくしかないのかなと思う。
あるいは一気に全廃して・・・・、となると工業水準の低下、製造業の海外流出、日本人労働者いりません、税収大減収、収入がないのに"使うだけの"政府、・・・という悪循環になりこの国は奈落の底へ。
それにしても東海村、柏崎、福井、福島以外に原発がこんなにあったとは全く知らなかった、恥ずかしい。
自分も原発反対をしていたわけでもないし推進意見をもっていたわけでもないので意見をいうのが恥ずかしい限り。
ちいさい核爆弾が落ちたに相当する今回のようなことは考えてもみなかった、ちいさな事故はあったにしてもおおむね完璧に管理されているものと思っていた。
地震のあと「私は原発反対をしてきた」という議員がテレビに出て叫んでいるのをみてもむなしさを感じるばかりだ。

将来をきちんと見据えて国民全体が真剣に考えていかなければならない問題だろう。
国際的に核反対のオピニオンリーダ国になれるいい機会だとは思う。

所沢の音楽ホール「ミューズ」の月刊広告を見ていて「ジョン・ウィリアムズ福島原発の影響で10月の来日講演中止」とあった。1941年生まれ、日本人に非常に愛された演奏家であるがおおいに幻滅した。こういうときこそ励ましに来てくれたのなら・・・と思う。
レコードやCDを廃棄しようとも思ったが、聞き直してあら探しをしてみようと思う。

きょうもまき直しが多い。
10数羽いる鳩が集団攻撃をかけてくる。
シート状のものをかけるしかないと思うのだが面積が広くてとてもやりきれない、片付けも大変だろう。結局網状コンテナをかぶせてあるだけだがとても数が足りない。
蒔く場所が多くなってくると鳩にとっても食べきれなくなってくるので免れた株が生き残るという具合になる。
おとりタネには目もくれない。ひたすら出たてのやわらかい株が好きなのだろう。まいったな。毎年の事ではあるが今年は数が多い。今までは3,4羽程度だったと思うが。

夕方から雨、ちょいと寒い。
一日が32時間であったらいいのになあと思ったかと思うと、もういつ死んでもいいと思ったりと結構いいかげんな50代だがやりたいことやしりたいことはまだまだあり、本心はやっぱり「32時間あったらいいなあ」のほうだと思う。
どちらかというと孤独でいることをいとわないタイプなので、ひとと話をしているときだけが楽しいというわけではなくひとりでじーっとあるいはぼんやりと物思いにふけっているのが好きなタイプかと思う。40代以前はなんでもかんでも包み隠さずしゃべれる相手というものがいなかったが、50も過ぎると横柄になるというか有る程度自分の人生にそれなりの自信ができてしまっているので、何かを主張したくなるのだと思う。
それ以前はなにか周りに気をくばってばかりで疲れる飲み会ばかりであった、ものつくりなのにもかかわらず付き合いでは自分を押し出そうとしてこなかった。卑屈だったのかもしれない。かといって自信たっぷりにご説のたもうひとを尊敬していたわけでもない。
でもこういったことも自分の努力の積み重ねの上に自然とできあがったというものではなく、やはり「導くもの」を出会わせてくれた見えざるちからの誘導があると思う。
いろんなひとのお世話の集積が今の自分だ。
きょうもおおきなお世話を受けた。
ありがたいことだ。

2011年6月15日水曜日

変形労働時間制、サマータイム

を実行(予定)している企業社員へのアンケートによれば50数%のひとは「いいことだ」と喜んでいるとのこと。
たぶん夜型のひとにはきつくて無理なのかと思うが、お日様の運行に順じて生きているひとにはここちよいシステムなのではないかと思う。
「太陽に従う」というのが動物的意味では自然なあり方だと思うが、近・現代文明というものは我々を「時計に従う」というシステムに強引にはめ込んできて管理してきた。重宝な時間の有効活用。
特に夜に大きな意味が含まれているのだと考えるが、ひとによっては9時や10時に寝ろといわれても・・・と困ってしまう場合が多々発生することだろう。習慣にできるかどうかだ。
それほどまでに文明というものは「夜を明るく、仕事の上でも・遊びの上でも活動する時間帯」にしてしまったのである。
闇というものに対する感覚は相当鈍ってきている。
闇がわからなければ正反対の「ひかり」に対する感性も当然のことながら鈍ってきていることと思われる。
陰影礼賛の美学、建物のつくりとひかり、風景の中や絵の中の光りと陰に対する感性を自然と身につけていく(教育的)環境が消失しつつある。
何と言っても"夜が明るすぎる"。
便利すぎて工夫できない。
イメージをつくりあげる能力劣化。
コンビーニエンスということばは退廃の象徴のようにも感じられる・・・ただし使い方次第とも思うのだが。

はとぽっぽの妨害行為にはまいった。
まき直し。
そしておとりの豆をはじっこのほうにばらまいておく、ただしはとがねらってるのは豆そのものよりは発芽したてのある「甘い部分」だということをだれかが言っていたので役にたたないのかな。毎年鳩には万事鳩首・・・ではなくて万事休す。

きょうはいつものアベックはいなかった。
テレビで山形から秋保温泉経由、松島海岸まで映していた。
秋保温泉はその奥の大東岳登山の時かならず通るところでなつかしかった。「あきう」と読む。
仙台のまちは全くふだんと同じように映っていた。
松島海岸も「え、ほんとに津波が来ていたの?」という感じであった、がれきは皆無であった。編集削除したのかな?

それにしても「はとぽっぽ害」どうしよう。
今年は寝られはするのだけれども、眠りが浅いせいか明け方夢ばかりみる。
ただし記憶に残るほどのものはないのでたあいもないことばかりが出てくるのだと思う。
夢判断するとどういうことになるんだろうか。
といっても夢判断自体信頼の置ける「心理状態判断・分析」とは思えないけど。
夢の中の出演者の組み合わせが絶対にありえない(時間的、地理的、つきあいのネットワーク上、・・・)パターンのことが多々あるが、そのとんちんかんな組み合わせがおもしろい。「おもしろかった」という記憶があるのだが、どんな内容だったかは覚えていない。明け方、半分醒めたような状態で夢をみているものと思われる。
去年おととしの不眠4ヶ月が信じられない・・・あくびも出ない、夢なんかもちろんみない、電車に乗ってすら居眠りができない、こわいことだ。6キロやせた。腹は減る、しかし食べ物が出てくると食べられない、4食にしてもただやせるばかり。
寝て食べられる幸せ。これだけでもおおいなる幸せなのかもしれない。

2011年6月14日火曜日

発芽開始なれども

かたっぱしから鳩ぽっぽ害。
まき直す。
新たに4畝蒔く。
それにしてもかちかちである。
残りの半端部分はあしたかき混ぜてから蒔こう。
耕耘機がいまいち調子悪い、力が出ない。

Kさんちへ行きレコードをたくさんもらう。
こないだはSTAXのトーンアームをもらう、ぴっかぴかである、
本に囲まれた部屋は乾燥しているようだ。
30年くらい前のものではないかと思う。STAXはここから車で15-20分程度のところにあり、大好きな会社で静電型ヘッドフォンはもう5代目で40年近い付き合いである。ヤフオクでもいくつか買いためてありずーっとお世話になるつもり。
一度倒産ということになったが、ファンの支援と社員たちの努力で復活今にいたっている。
ていねいな仕事で高品質の商品を世に送り出している。今はヘッドフォンとそれ用のアンプだけを作っている。サービスステーションのひとたちはいいひとたちばかりであり、試聴質もありそこには歴代の製品が展示してある。大型の静電型スピーカーも初期には作っており、アンプも大型の高級品をつくっていたようだ。

今年の梅雨はながいなー、気温が低いナーという気がするが要するに梅雨入りが早すぎたのかな。例年だと6/10頃だろう。
きょうお店はクーラーが(たぶん除湿)入っていたような気がする。空調の吹き出し風がいつも生ぬるいのにきょうはすずしかった。
仕事の帰り、20キロぐらいで運転していたら猫が飛び出した。ぎりぎりセーフ。
すぐそばで毎日のようにいるアベックによけい不快感を煽られながらも気をつけて運転して帰る。うす暗闇の中でいつも自転車支えながら語り合ってるこのアベックは外見による男と女の年齢差から見てたぶん道ならぬ恋のようにみえる。男が女をだましているような気がするが、こう毎日毎日その二人を右に見送り通り過ぎるのが何か苦痛のようでしょうがない。

田瀬さんの本をトイレ、信号待ち、・・・といった具合の「ちょいの間」時間に読んでいるが、多くのひとにはおもしろいんだろうということは感じるのだが、やはり自分にはこういう世界とはちょっとずれているかなと思う。好きじゃないんだろうね。

きょうはちょっと疲れている。
早く寝よう、21時15分。

2011年6月13日月曜日

背骨からくる腰痛。

痛いときとなんでも無いときが波のようにやってくる。
車を運転しているときとかいすに座っているときが苦痛である。

出入りの植木屋さん、JR退職後この職に。
70いくつで胃ガン発生。
胃をだいぶ切り取って退院後経過良好、3年経過。
ときどき遊びに来る。
3ヶ月入院で医療費200万。
高額医療で1割負担、つまり20万。
何かから10万おりて結局使った現金は10万。
生命保険なんて入る意味あるの?と笑っていた。
今自分は56才で、55過ぎたあたりから保険の更新(つまり条件が悪くなる・・・高くなる)がやたらとやってくるのだが・・・親は保険好き・・・こういう話を聞いていると言葉のトリックというものに否応無しに過剰敏感になる。
死亡以外の保証はいったいなんなのかと思ってしまう。
払い込む金額は安くても年間30万程度だと思うが3年で100万近くなってしまう。10年で300万。「安心料」だとは世間でよく言われることばだが、こんなに保険会社に気遣ったことばもない。
払うの払わないの争いも日常茶飯事。
生命保険て、資金運営なしでも利益がでちゃうんじゃないのと考えたくなってしまう。
景気のいいときはいい気になってあっちこっちの付き合いで入ったはいいものの、景気が悪くなれば当然こういう姿勢にもなってきてしまう。
ただの預貯金、利息がゼロとしても、のほうがいいような気がする。
ただし死亡保険だけは入っておくべきだが。
ただものを加工して売るという仕事に幸せを感じる。

7畝蒔く、疲れた。
木曾義仲の最後の段のびわ演奏・語りを聞く。女性の語りであった。
・・・語りと言うよりは「うたい」という感じですごみを感じさせるすばらしいものであった。これが発生当時からの伝統にのっとっているのかどうかはだれにもわからないことではあるが、聞いていてこころふるえる作用を及ぼしてくれるのでまあそんなことの真偽はどうでもよかった。
もっと聞いてみたい。
すみのほうに植えた陸稲が芽を出し始める。
堅殻のまま植えたピーナッツもいくつか発芽していた。

はちのムサシは死んだのさ、の作曲者が亡くなったとのこと。これは平賀源内(山口崇がやっていた?)や吉田松陰(だれがやっていたかはわかっているのだが名前が・・・(30分後)わかった、篠田三郎)が出てくるNHKが金曜日の8時からやっていた時代劇で高校生のころやっていたような気がする。大好きな番組で、毎回わくわくして見ていた。平岩弓枝だったかな?題は「天下御免」だろう。
あとでロッキード事件の女性秘書榎本なんとかさんのなんでも暴露でこのことばがはやったんじゃなかったかな。
DVDにはならないだろうね。
また見てみたい。

Houghのブログでピアニストにかかわる聴き手としては珍しい問題が話題になっていた。
記憶力。
そう50も過ぎると「覚えられなくなってくる」のである。
アルヘリッチが20年くらい前からソロ活動はしなくなったとか、グールドがライブをやらなくなった理由が「覚えられなくなった」ということが演奏者たちからコメントされると、「なーんだ」というのが単なる聴き手の我々ファンは「くすっ」としてしまう。
協奏曲や室内合奏だと「合わせ」の問題もあり、楽譜を見るのは当たり前になっているので口実が作れると言うことだ。
ただ記憶によっての演奏(暗譜)がいいのか楽譜をきちんと見て(というより"置いて")演奏するのがいいのかは意見の分かれるところで、絶対音感ならぬ"絶対ピッチ"まで議論されていて、聴いているだけの人間には通常知ることのできないやりとりが展開されていて非常におもしろかった。こういう所はインターネットに感謝しなければならない。
特にグレン・グールドは極度のHyper-Tensin性の演奏家で、最終的には心筋梗塞で無くなったのだが、通常それを押さえる薬を飲み、さらに飲む必要のない精神安定剤のようなものを多用しており、結果脳の活動に影響し目や手の動きをコントロールする能力に悪影響を与えていたということだ。その結果、コンサート拒否。
決してテイクを何回も取り、いいとこをつなぎあわせる「つぎはぎスプライシング」行為をしていたわけではないと思う。グールドレベルがそんなことするわけがない。
グールドはバッハと現代曲は評価、天才だと思うがモーツァルトやベートーベンははっきりいって「うんざり」だ。グールドもすごいがなんといってもバッハがすごいのである。

記憶力といえば、豆腐造りにも記憶力はおおいに必要になる。
A品種には加水、砕き方、煮方、寄せ方がこうこうで、B品種にはそれそれ、・・・といった具合のデータの覚え込みではまったくないのだが(もちろんそれだけのひともいるが、そのひとはそれだけで終わってしまう)、「これこれこういう賞状になったらこちらはこういうふうに反応・手加減する」といった具合の瞬間判断のもとになるデータが頭の中に記憶されていなければならない。
音やテンポ・強弱を記憶するよりははるかにやさしいのであるが、実は見方を変えるとそれよりもはるかにむつかしいのである。
このへんが感じ取れるかいなかがあるひとが豆腐つくりとして適切か否かの判定を下される基準になる。ただたくさん売ると言うことならばこのへんは理解不要といえる。
もひとつおまけだが、最適といわれる処置・対応によってできる豆腐がかならずしもいちばんうまいのだ、ということは必ずしもいえない。
最適ポイントをちょっとずらしたところにおもしろいところがあるのである。
ただしこのことがわかるためには「最適ポイント」がどこなのかをきちんと見極めていないといけない。
つまり「遊心(ゆうしん)」の発動ということである。
この言葉は群馬の高校で美術の教師をしながら創作活動をしていた、武澤先生のお父様の同名の表題の絵からイメージした考えで、10年前に豆腐屋の集まりのグループ名に使わせていただいたものである。

2011年6月12日日曜日

見返り美人

といえば私の世代のものならばだれでも知っている高額切手コレクションの代表格だが、一時15万くらいしたものが今や4500円でヤフオクに出ているとのことをラジオで紹介していた。
景気が悪くなってもこういった稀少品というものはそんなに値崩れするものではないと思っていたが現実とはきびしいものだなと思った。
記念切手の発行しすぎから来る趣味人口の減少ということを説明していたが、たしかに郵便局にいくと四六時中記念切手シートの広告が出ていたような気がする。
自分は子供の頃いっとき集めたが長くは続かなかった。母親がときどき買ってきてくれたりしていた。記念硬貨もよく買ってきていたような気がするが、こちらは冷めてしまっている状態だった。
切手収集というのは英国王室でもやっている趣味の王様というとらえ方がむこうでは一般的らしいが、現代のように遊びの多様化した時代にあっては、切手の供給過剰という現実も相まって、先細り傾向は免れ得ないのかな?無くなることもないと思うけど・・・。

もの(データなども)を集めるというのは知的訓練(分類、体型づけ、・・・)のいい材料でこの世の多くのひとたちは程度の差こそあれ「なにか」を集めているのであろう。
将来値上がり・・・・、などと考えずに自分の信念で遊ぶのが粋というもので、妙なことでひやひゆしたりいらいらしたりする必要がない世界だろう。

8畝蒔くと同時にこれからのところをかき混ぜる。
長靴の底にどろがひっついて重い。
あじさいが咲き始める。
仏壇に切って添えてあった。

夕飯に家のびわが出ていた。
となりに館山の大村さんからおくられてきたびわが。
ウチのはすっぱいけど甘かった。大村産のは甘さそのものはウチのより無いと思うのだがすっぱさもないので上品な甘さとなっている。
しかし本来はウチのなのだと思う。
大きさも房総の1/4から1/5くらいしかないと思う。
でも我が家に有ると言うこと自体に意味がありありがたくいただく。意外なうまさにいままで気がつかなかった。今まで食べたこともない。
今度はいちぢくの苗を買ってこようかな。

きのうNさんが「本を読まなくなってきていること自体が問題云々」と言っておられた。
なるほどね。
私らは別に教師に読書習慣の習いを受けたわけでもなく、国のプログラムにも別段読書のススメを格別重用しする旨があったわけでもないが、なぜか本は読む。
"外圧"とは関係なく本を読んでいる自分が今もいる。
点数を意識する必要のない読書である。

若い人たちが本を読まなくなったというが教育筋の方法論の問題とは別のところに原因があるのではないのだろうか。社会生活のあり方そのものにによって引き起こされた傾向ではないだろうか。自分が子供のころは本は貴重なもので、買ってもらうと脚注・欄外まで含めてすみからすみまでなめ尽くすように読み、覚えてしまったものだけどね。
今は簡単に買えてしまう。
買ってばかりで積ん読にもなりがち。
積ん読自体は将来的にはおおきなプラスの意味があるけれども。

とにかく自分で自分を教育することの大切さを今この年齢でつくずく感じている。
"教育"というのも大げさなことばと思われるかもしれないが、でもやはり"教育"である。
点数取って達成感を感じさせるという幼児教育も大事だが、ほんとの教育は社会に出てからの自己教育にあると思う。
学ぶ習慣、学ぶ楽しさ・・・考える楽しさ、へと続く。
定年・停年は無い。

2011年6月11日土曜日

我が国で原子力解禁に

なる前年の1953年、西洋古典学の田中美知太郎が「・・・ものをつくる能力は恐ろしいほどまでに進んでいる。しかしそれを私たち自身のために用いることにおいては昔のひとと比べ少しも利口になっていない。ものをつくる能力と、用いる能力とが大きく分裂すれば、人類を危険においやるかもしれない。その現代にあって、両者を結びつける仕事が何よりも必要なのだ・・・」と発言していたことを今日の読売のコラムで引いていた。
彼が監修した岩波のプラトン全集を買うためにせっせとお金を貯めたのをなつかしく思い出していたが、このコラムの表題が「初心忘れた原子力」となっていて、今回の原発のことばかりでなく自分や業界の若者たちの姿勢について思うところ多々である。

この業界の戦後の大革命は「にがり」である。
初めてにがり豆腐に接した(食べた)時の感動と、初めてにがりで豆腐を作ったときの緊張・恐怖・わくわく、が私のいいたい"初心"である。
道具も方法もおおむね出そろって以降学んだものには、「つくることと作らさせてくれる」ことの区別に対する認識が非常に欠けているように思う。
豆腐は自分が作る、というスタンスでしか製造行為をみていないひとには「大豆が豆乳になり、それが固まってくれ豆腐の形になっていく」現象に対するこころの感触がつかめていないような気がする。製造の根底にある"現象"を意識しなくてはならない。
自分だけがかたちをもたらし創作しているという態度は思い上がりである。
「豆がそういうふうに、ああいうふうになっていってくれる」という大豆に対する畏敬の念を改めて、初めて作ったときの気持ちを毎回毎回思い起こして欲しいのであ。
だれでもそこそこのレベルにはあがれるが、その先はつくるひとのこころの姿勢である。

東海村は1954年が誕生だというと自分と同い年だ。
(関係ないがこの年は世界的に距離計カメラの飛躍的進化・最終到達点にいたった年でもありこのあと35ミリ一眼レフに移行していく・・・。自分の生年の決まり切った自慢話。)
同級生で東海村の原発に就職したものもいる。
慣れて緊張が無くなりだらけてくるとさまざまなマイナスが浮き出てくる。
何が悪いのかわかりきっているのにもかかわらず注意しなくなってしまうようになってしまうのがこわい。

8畝タネまく。
朝まで雨が降っていたのでぐたぐたべたべたの粘土質。
こういう状態では普通畑に入るものではないが、溝きりがやわらかくなっているので遊んでいるわけにもいかない。
蒸し暑くて大変だったが2時間で止める。

北浦和で飲み会。
きょうも充実していてよかったよかった。
45度4杯飲んだが酔わない。
農作業で体調が良くなったようだ。

2011年6月10日金曜日

農繁期突入したものの

開始時点でいまいちやる気が出ない。
1時間もたつとやや調子が出てくるのだが。
家の前を流れるのは柳瀬川といって荒川に合流して東京湾へと流れていく。
この辺は川の周辺に一段、それからやや離れて(100-200メートル)高台が一段という具合に、二段構成の平地をつくっている。土質が全然違う。
川のそばは粘土質がややましになったもので、かきまぜなければ"かちかち"、かき混ぜても団子状にかたく丸まった数センチから10センチ程度の大きさの土塊がごろごろといった感じになる。
当然手押しの種まき機は使えず、農具でみぞを切ってその上にタネをのせていき土をかぶせるという方法になる。
溝きりでまずまいる。かたくてごろごろ土塊でスムーズにみぞが切れない。もちろん蒔く前にトラクターでかきまぜてもである。
かぶせる土もやはりこんな状態なのでやっかいである。
高台の畑の1/3から半分のペースの仕事しかできない。
でも畑としては縄文土器のかけらが子供の頃出ていたことを考えるとそうとう古いはずである。
所沢で川といったらここくらいなものでそもそも大昔からそんなにひとが住んでいたとは思われない。「所沢に嫁をやるな」という江戸時代のいいつたえは、要するに水に不自由なまずしい土地だということからきているらしい。
天領で、強力な力を持った"家"というものがないので極貧ではないが適度に平等に貧しく支配されていた土地と思える。

あしたは雨かな?
右手小指・くすり指もだい゛よくなった。
やや軽くむくんでいる感じである。

館山の大村さんからびわが届いたときしたお礼の電話でJX(石油のジョモのこと)童話賞の最優秀賞が豆腐屋さんの話でその豆腐屋が山下ということだった、もちろん私のことではない。
「にたーっ」としてさっそく調べる。
http://www.jx-group.co.jp/hanataba/stories/No41/ippan-01/index.html

大村さんは去年入賞している。まあ、・・・・白い糸ということだろうか。

それにしても午後びっしり肉体労働があるとここまで一日の充実感が感じられるものかなと改めて感慨にふけっている。
去年はうつ状態の自分の逃避地としての農作業であの高温下での忍耐には自分ながらおどろきかつひやひやしたものであるが、今年は少し面積を減らしてあるのでゆったりとかまえていこうと思う。明らかに多くの(若干名?)ひとに励まされ支えられているのが感じられるようになってきた。そのことへの感謝を感じられるだけでもありがたいことである。ひとの思い、というものは貴い。思われているという認識こそ宝である。

2011年6月9日木曜日

沖縄梅雨明け

平年より2週間早いとか。

さらさら土の原の3反の残りをかきませ゜、家の裏の粘土質をかき混ぜる。
今年初の種まき。
いたち豆Aを4畝蒔く。
ここまてでだいぶ疲れたようである。
トラクターを運転しているときから眠かった。
本日をもって農繁期突入宣言。
雨が降らない限り畑となるがやぼ用も結構多い。
ただし飲み会はなるぺくキャンセルしないようにしたい。

夜お店にたっていると同級生の女の子、ときどき途中下車して来てくれる。
亭主が他の女と出て行っちゃった、離婚はしてないよ・・・。
定年後毎日のようにゴルフに行っていて、「ボーと毎日サンデーどころか元気になっちゃった」とついこないだまで言っていたが・・・・・女ができたという事だったのね、かわいそう。
美人で気だてのいいおくさんなのになんで?
中年クライシス・・・こんなに身近に。
それにしてもなんで自分のところにはこういうわけありの女の子ばかり寄ってくるのだろうか?

2011年6月8日水曜日

ハチにさされたみたいに

右手の甲が腫れている。きのうよりは少しひっこんだろうか。紫にならずただ赤っぽく腫れているので内出血ではなくばい菌がはいったのだろう。
小指と薬指を動かすといたい。動かさないでそっとしている分にはいたくない。

高橋真理子のご主人が「歌がうまい、ではなくて声質に惚れた」と発言していた。
同じ感覚のひとはいるもんだなとうれしかった。
音楽の窮極も「声」というようなことを言っていた。
これも自分と同じ事を言っていてうれしかった。
要するに「声」には肉感的・性的な魅力が、つまり色気が、あるのである。
うまいはうまいできちんと評価するが好みは別問題ということだろう。

食べ物はなんだろう?

オーディオブックはよくダウンロードするが、電子ブックというものには縁がない。
古本は完全に古書店の連合体がやっているネット検索でよく買っている。
新本はなるべく本屋さんで買っているが急いでいたり忙しいとついアマゾンになってしまう。
本の流通で世界的に末端の書店を苦しめているのはアマゾンである。
現実店舗の努力が・・・、という議論にくるのだがお店の努力ではどうにもならない時代のおおきな流れなのかなとも思う。しかもアマゾンだとCDやDVDが割安で買えるのでそれとセットで本を注文したりしてしまう。

本屋さんのメリットは立ち見と意外な発見本の快楽である。
アマゾンでも部分的に立ち見できるものもあるが・・・。
自分は気が弱いので立ち見をしたときはかならず何か買ってくる、・・・そのまま読まないことも多い。

ここで考えてみた。
ネットで販売するならば「物質の本」であろうが「データの本」であろうが出版社が直に売ったらいいんではないだろうか。もっと極端なことをいうとデータの販売ならばもう出版社すら不要で、装丁のデザインまで自分でやって直接読者に売ったほうが(当然コストが圧倒的にダウンするので安くしてもらって)いいのではないだろうか。電子出版というのはこういうことなのかしら、すでに存在しているようだね。ただしコマーシャルはテレビ・ラジオや雑誌、看板・広告とカネのかかることばかりでこの点は大手出版社の資金がものをいうのだけれど・・・、個人の力ではいかんともしがたい。
無名のひとが電子出版してもなにかの「契機」がなければ無名のまま、あるいは没後の評価ということになるだろうが有名になってしまった作家たちにはやはり「自分をそだててくれ、宣伝してくれた」出版社・出版界に対してはおおきな義理がある。これを忘れてはいけない。

絵描きをそだてるのは画商である。
ごくごくほんのわずかの目利きのパトロンということもある、あるいは画家に惚れ込んでしまっているという個人的な理由のときもあるけど。
有名になったとたんプロモーターの会社を切り捨てて云々というのは芸能界では日常茶飯事のようであるが。搾取されている、という感じの弁明をよくしているけれど。
だけどやはり本は「紙」だと思う。
日本語の音は「かみ」で、紙に「かみ」という音を与えたのには、紙が「神」に通じるものがあるのだかろうか。
もひとつ本の流通には出版社と末端書店の間に問屋相当のおおきな「販売会社」がある。
食品等のたとえでいうと昔のスーパーがなかったころのローカル・ストアーのための小口分配のためのシステムに似ているが、本の場合は大規模書店といえどもケース売りのベストセラーは別としてやはり「何冊」という感じで入ってくると思うのでこういうシステムはくずせないのだと思う。

輸入本は圧倒的に決済・スピードの点でアマゾンが勝ちである。
アマゾンだと売れ残りの返品もほとんどないのだと推察する。
どうみてもアマゾンの勝ちのようであるが。

・・・でも本屋さんには行きたい。
余計なものをみつける楽しみ・・・。
古本売りの工夫まで取り込んで現物書店の復活・生き残りを望む。
ジャンル特殊化、古本特化、輸入書巻き込み、音楽や絵の取り込み・・・なんか方法がありそうだけど。

お店に「ゆば豆腐ください」というお客様現れる。
そんなものありません、というと図書館で見たということ。
「ぼくんち豆腐屋」を読んでくれたそうとのこと。
ありがとう。
あれはね・・・・、北浦和と都内の特別にしかないのよとお知らせ。
ごめんなさい。

仕事から帰って夕飯。
鹿島市の宮本さんからもらったアンデスメロンがおいしかった。
昔のあんまり甘く無いメロンというか、キンショーメロンの食感が大好きでいつか植えてやろうと思っているものの苗が売っていないんだな。
甘さもちょうど良く、デレーとしたところがないのがいい。

「遺留捜査」とかいう刑事物でのっけの被害者(犯人?)らしきひとがオリンパス35距離計無しファインダー版を首から提げていた。
せかされるように押し入れから同じ機を出してシャッターを切ってやる。

2011年6月7日火曜日

トラクターの後ろの

かきまぜ歯に布がからまり取りのけようとしていたら歯の先が手の甲に少し刺さってしまう。
腫れている。
気をつけないとね。
仕事がおおざっぱになるとこういうことが起こる。
ピーナッツはまだ発芽はしていないのだが畝からずれたところに2株、蒔く前から葉っぱが出ているものがあった。このまま大丈夫だとは思うが去年の取りこぼしが発芽したのだろう。
トラクターのあとを追いかけている尾長(鳥)の姿はおかしみのある姿なので写真にとったらいいと思うのだが、トラクターを運転している自分には撮れないよ。

いちじくがだいぶ黄色くなってきた。
いちじくは年末から年明けに花が咲き、実がついてるのに気がつき出すのが春。
そして6月に黄色くなってくる。
要するに花から実まで半年強かかつている。・・・でもよく考えたらゆず等の柑橘類も、時期は反転するけどそのくらいかかっているのか。ずいぶんと時間のかかる果実なんだなと感心してしまう。

仕事から帰ってきてもまだ手が腫れていていたい。
小指が曲げづらい。
ちょっとキーボードを打ちづらいのできょうはここまで。

いただいた台湾のピーナッツはおもしろくてかたい外殻は日本と同じ双子なのに中にはピーナッツがだいたい2つずつ入っている、つまり計4つ。
味も日本のより甘いような気がする。
そして炒った内皮が黒いのが独特だ。
このタネ筑波から分けてもらえないかな?

2011年6月6日月曜日

ドイツの大腸菌は

もやしが感染源との報道。もやしなんか食べるんだね。
日本の時はカイワレ大根とかいっていたけど結局はわからずじまいでカイワレ屋さんがつぶれたりしてかわいそうだった。何か情報操作をしている気配が感じられ、カイワレのようなちいさな市場ならつぶしてもいいだろう、というような勘ぐりまでしてしまった。
ドイツのも何か「肉業界を守るため」という操作が働いていなければいいんだけど。
風評被害でつぶれるもやし屋さんがヨーロッパやロシアで出てくると思う。
しかしもやしをどういうふうにして食べるんだろうか?

きょうは暑い。
いよいよ夏かな。

最初に蒔いた陸稲の芽が出る、10日くらいかかったろうか。
なしに実が10個程度ついていた。
りんごは剪定したせいか1個しかついてない。

いよいよ種まきの臨戦態勢となるので蒔くものを用意しておく。
道具もそろえる。
車の荷台もきれいにする。
本やDVDも半年間遠ざけざるをえなくなるが、今度は朗読がたくさん聞けるのが楽しみだ。
だから農作業が耐えられるのだと思う。
ホームズの「まだらのひも」の朗読を聞く。
ドラマタイズしたものでなくひとりの朗読者によるものである。
男女の声の使い分けもたくみで「たいしたものだ」と感心の限り。

英語の単数・複数の問題(singular/plural)の問題がBeardのブログで議論されていたが日本人ばかりでなく母国人でも結構判断に悩む問題のようだ。
日本人は外国人なので前後関係から間違いは修正して聞いてくれるのでそんなに文法は意識しなくてもいいと思うが、教育の高低によるものだろうか文章を読むと育ちや生まれがわかるようでもある。これはどこの国でも同じ事だろう。
ただしアメリカのニュース英語は語彙が多くて閉口する記者がが多いのに対して、イギリスの本当のインテリたちの書く英語は語彙を減らしセンテンスも短く修飾節も明確で主語述語関係がわかりやすいものが多い。
イギリスが(ということはその子供のアメリカもだが)世界になした害悪は計り知れないが、プラスの貢献も計り知れないものがあるのでこうして学んでいることは許される快楽なのかなと自己満足。
それでもいつも思うことは「もっと学んでおればよかった」と思うことばかりだ。
障害物も多すぎたことも事実だが・・・。

2011年6月5日日曜日

きのうはお茶の水に

川俣明写真展&リュート・ギターコンサートに行ってきた。
三越にもとも思ったが気がすすまず川俣さんだけにした。
川俣さんは十数年ぶりぐらいだったろうか、ごぶさたしていて非礼この上なかったかもしれない。昔はルーテル市ヶ谷という教会でよくやった。
こちらの聴力にも疑問があるのだがリュートやギターだとよく聞き取れなくて弱ってしまうのだがきのうはほんとにちいさな画廊でまんたんの聴き手を相手にいい演奏をしていた。
リュートを弾いているとは知らなかったが小曲の演奏はよかった。昔のNHK・FMクラシックアワーのテーマ曲に使われていた「シチリアーナ」もうれしかった。
またガリレオ・ガリレイのお父さんとかおじいさんとかいうひとの小曲も披露してくれたがびっくりであった【ヴィンツェンツォ・ガリレイ(V.Galilei) 1520-1591 】。
ギターも昔と比べると明らかに腕も上がっており暑い中でのここちよいひとときであった。

17時に終了。帰りは自然と丸ノ内線ではなくJRの改札に向かい神田駅で乗り換え京浜東北北浦和経由新秋津22時30着となる。つまりいつもの寄り道となった次第である。

小麦価格高騰で、パンその他値上げ・・・、となっているがちょいと待てよ数年前に2段階ぐらいつづけておおきな値上がりをしてそのあと急落したのにもかかわらず価格は高値安定のまま。ここで少しあがって、値上げ分を価格に転嫁・・・。
この値上げはおかしいと思う。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4710.html

豆腐は供給過剰の過当競争の業界だが、輸入材料の低価格帯はこの前の小麦の時に値上げをしたようだが需給バランスどうりに価格は下がってきているがここでまた上記グラフのようになるのでどういうことになっていくのだろうか。

2011年6月4日土曜日

こんどはEU

食べ物の災難が続く。
何に起因する大腸菌なのかは定かではないようだ。
先頭に立って日本食品の放射能を非難していたドイツが発生源のよう。

一晩寝たらいくらか具合は良い。
きょうはアルコールはやめたほうがいいと思う。
30度いってるのではないかと思うほどの暑さ、休んでろといわれてもちょいと苦痛。

きょうもこすず。おおむねその概要はつかめたかもしれない。
むつかしくておもしろい品種である。
むかしのフクユタカのような張りを感じる。
フクユタカは日常的に使いつづけいるわけではないので断定はできないのだが、いくつか使ってみた感じからいうと初期性能からはだいぶぶれてきているように思う。
ただナカセンナリのような劣化と違ってこちらは"いいほう"へぶれてきているように思う。
改良品種はそもそも一緒になるはずではないものが結婚したわけで、その子供の妙味(=初期性能)を新発見・新開発として世に出してきたわけであるが、遺伝的にはだんだんとある方向に向かってぶれ・ずれていくのが一般である。
このぶれが有る程度のところまで行き着いて安定しだしたらそれはもう在来種と同じ事なのかなと考える。
そもそも在来種にしても本来結婚すべきものでないものどうしが結びついたという可能性も自然界の中ではおおいに起こりうるのでほんとに純粋とかオリジナルなどというものは遺伝子情報の分析と「何が先で何が付け加わったものか」ということが明確にされないかぎり、わからないことである。
十分な物的証拠を抜かして論理的に邪馬台国は・・・にあった、というよりはましな世界かとは思うが大変な作業がこれから待ち受けていると思う。もっともコンピューターの処理能力も日々レベルアップしていくのだろうが。

始皇帝暗殺という中国映画のDVDを取り寄せる、1360円、昨晩居眠りなしで3時間楽しむ。
これは前にBSでやったのを覚えていて偶然アマゾンのお薦めに出てきてしまったので買った。
史記を読んでいないと説明抜きの展開でおいてかれてしまうところがあるが、骨格は史記に忠実でそれに+αを取り付けておもしろい人間ドラマに仕上げている。
こないだ書いた呂不韋がたくらんだ邯鄲の夢から起こる始皇帝・政のけがれているけどあわれな前半生を描いている。
本人の責任ではないここまでけがれた重荷を背負い込まされた人物が「公」の仕事をすることに無理があったのだと思うが、歴史とはこんなものか。
坑儒は出てこなかったが敵陣を制覇し助けをこう子供たちを「復讐への危機感」から生き埋めにしたりなど残忍きわまりないが、父親のもつ上昇志向の遺伝子と屈折した子供時代からの育ちと併せ持ってなるようにしかならない「何かに追い立てられている」ような人生だ。
情緒不安定なところがよく描かれていてその"キレ"際が怖い。武田鉄矢そっくりの俳優だが当時の長髪スタイルのせいかな。
その始皇帝にいどむ刺客・荊軻(けいか)。
映画ののっけからの残忍場面に気分が悪くなるのであるが、ひとを殺しつづけて「いる」始皇帝とひとを殺しつづけて「いた」荊軻との対比による進行がおもしろかった。
2000年以上前の話だ。

2011年6月3日金曜日

くもりだが少し暑い。

豆スリを調整して、すべて解決。
コスズはいずれにしてもやっかいな大豆のようだ。
皮が多くて歩留まりが悪いと云うことは全く感じない、とにかく超高タンパクである。
納豆、豆腐、醤油はいいとしても味噌には不向きだろう。皮の比率が高すぎる。

夕方から体調ダウン。
夕飯もビールやめる。
きょうはここまで。

2011年6月2日木曜日

大失敗。

コスズはにはまいった。
極小なので豆挽きを細かくしたのが原因だろう。
コスズ以後もひどいことになる。

コスズは異常なくらいの高タンパクであった。
木綿を2回やったのでそもそも豆乳が薄いため安全圏ぎりぎりのところではあったが、それでも豆乳はどろどろとしていてゆぱはどろんとした感じ。
甘みはありえぐくもないのだが「うまい」という感想よりただ「甘い」というだけの印象だ。
この手はにがり100%はやりやすいが、逆に給食等用のせとの味等すなわち硫カルだとかえってむつかしいことになる。
ぶどまりはもちろんいい。
味はまあ大丈夫。
数はとれる。
唯一、寄せがむつかしいといえる。
あぶらげはとてもいい。
ただしこの極小をあぶらげにするひとはいないだろう。

このあと生まれて初めてギンレイで失敗する。
廃棄となる。
すなわち豆挽きがこまかすぎたのが原因だと思うがコスズのままにしてあった挽き具合でやったため「行き過ぎ」だったようだ。
アセチルピロリン臭が悪く出ている。
アセチルピロリンはおそらくすべての大豆に内包されるにおい成分なのだと推定する。強い弱い、そして新品・ひねの程度に関係してでやすくなるのだと思う。さらにその出方にはいい・悪いがあきらかにありきょうみたいな出方は不快で「くさい」と感じられると思う。
適度におおざっぱに砕くことを再認識する、細かければいいというものではない。
ただしこの見解は「たぶん・・・だろう」なので、ひょっとしたら豆自体の問題とも考えられるので結論はあした以降になる。
企業秘密ともなる重要なことがこのほかにも学べたが「失敗に感謝」であった。
失敗がいろんなことを考えさせ教えてくれるのである。
この年齢できょうみたいな感慨をもてる幸せを神様仏様に感謝する。

仕事の帰りに、こないだとは違って、家のちょい手前でたぬきらしきものが道を横切っているところに遭遇。茶色。きょうのは四つ足で歩いているところできつねのようにもみえたぬきの特徴の"おなかが出ている"ことは確認できなかった。狐はキタキツネは何度も、本土ギツネは十文字峠登山口でみた足をけがした狐との出会いしかないが今夜のたぶんたぬきだと思う。口にネズミのようなものをくわえていたが車のライトだけなので断定はできない。たぬきって肉食かしらね。

空から見た埼京線。北浦和の部分を見落としてしまった、ごめんなさい寶さん。
この番組は縁のある地域が出るとおもしろいと思う。知ってるところが写ったりするとうれしくなるのは自分だけではないと思う。
思えば山の航空写真・撮影ってわくわくするもので歩いたコースが想像できて空想の・・・といっても現実との境目の・・・世界にひたれるのである。
次回は天竜川なのでウチのギンレイが作られている駒ヶ根市の畑も写るんではないかなと期待している。駒ヶ根駅の周辺もなつかしい。

2011年6月1日水曜日

母娘。

男なので女性のことになり恐縮だけど、お昼にやっていたテレビで母娘が買い物をしていた。
娘は30代かな、さすれば母親は50~60代だろうか。
母親が美しいのである。
美人ではない、従って娘もそんなに美人ではない。
娘の「おいしい」という言葉以外、この二人の会話は何も放送されない。
でもこのおかあさんは数十年の間に勝ち得た人生の宝物が顔に出ていた。
「老い支度」ということばがはやっているが・・・というよりこの年齢だから意識しすぎているんだろうが・・・このお母さんはまさに意識しないで「老い支度」を若き日よりしてきてそれが美しく実ったまれな例なのかなと感じた。
たまたま今が幸せだからこうなんだと反発するひともいるかもしれないが、苦労してきたひとは自分の周りをあえて不快にするようなことはしまい。
失礼になるかもしれないが娘さんには何も魅力を感じなかったのにお母さんにはさわやかな色気を感じてしまった。
老い支度、死に支度と中高年の気にすることばがマスコミでもひょこひょこ出てくるようになったが、人生のハウツーものなんか読んでも何も取り込むものはないと思う。
今をきちんと真剣に生きていくしかない。
かなりできあがってしまっているいまの自分を洗練させていくしかない。
ハウツーものの人生論などよりも自然と自分の中からわき上がってくるものに価値がある。
50過ぎたらもう革命的な変更など無理だ。

家の裏の条件(日照)の悪いところに陸稲蒔く。
乾くとかちかちになるところである。
河岸段丘の川の近いところにある集落なので畑はこういった土になる、水田よりは少しましといったところ。
外からときどき土を加えたりするのだがなかなかさらさらとまではいかない。

自分がつぶした大豆の中でもっともまずいと記録したコスズを漬ける。使い道が店売りではない揚げ物なのでOK、とする。技術がだいぶ変わってもきているので楽しみではある。だれが作ってもうまくなるのはそう楽しいものではない・・・誰よりもうまくすればいいことだが。
やっかいものほどおもしろいのである。