ページビューの合計

2011年5月14日土曜日

きのうはgoogleの不具合・点検で

昼から夜遅くまで書き込めませんでした。

きのうは夜武澤先生と電話でお話しました。
220/290ページに至って結論めいたことが出てきて読みやすくなりました。
この前100ページが苦痛でした。

終わりに近づいてくると、小説でもないのに、終わって欲しくないという思いが強くなってくるのです。

津田左右吉は早稲田が生んだ最高の学者かと思いますが、批判的に武澤先生に指摘されるところも多く、気落ちしていたのですが偉大な思想家や学者とはそういうものなのかもしれない。

日本人のこころの基層・古層とは何かを求める思索。
神道発生は歴史的には新しいもので先生の思索は神道以前の考察に専念。
諸大王並立から代表大王、天皇の概念成立(大海人皇子=天武天皇)にいたるまでの"皇祖神"の意味の変遷・アマテラスの確定にいたるまでの深い考察がなされています。
信仰というベースで読まれると誤解を受けかねませんが、多くの書物を渉猟しさらにはそれ以前の仏教・神社の考察は建築家としての経験から感得された理解等も大いに加味され、毎著作ごと説得力をもってこちらにせまってくるものがあります。
古事記・日本書紀はつまみ読みしかしてないので200ページ以下100ページがほんとに苦痛でしたが(一ヶ月かかる、つまり一日に3ページ、文章は井筒俊彦流にやさしくなのですが)なんとか終章にたどり着いてほっとしています。
山登りで稜線に出た感じです。
この本は読み終わったら最初から読み直してみようと思います。

母の3年目の命日なので墓参り、きょうだい集まる。

赤いバラがきれいに咲いていた。
出入りのサッシ屋さんがすきみたいで挿し木をしたり枝を切ってくれたりで伸び放題だったものがきれいに整理された感じ。
しろうと目にもいいバラだと思う。
花びらのやたらと多いのは桜と同様きらいだが、これはすごくいい花だと思う。
お墓にとげのある赤いバラというのは禁忌だと思うが一輪挿しにでも挿しておこうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿