でも台風なのか。
きのうの奥村愛はヴァイオリンです、間違い。
イタリア組曲というのはピアノとヴァイオリンによる「プルチネルラ」からの音楽を編曲したもの、どっちが原曲だったっけ?
いまやっているところが一番まとまつた畑であと2、3日で終わると思う。
畑の境界のお茶の木の剪定も結構疲れる。
茶毒蛾の毛虫には要注意である。
最近は港区とか中央区の街路樹でも出ると言うことだ。
お店にたっていてつらかつた。
熱が出てきたのである。
ここ一週間で一番ひどい。
きょうは満月のようだ。
うすぐもにぼーっとした感じである。
西洋ではluna=狂気、の連想が成り立つが中国や日本の古典ではどういうふうになっいーているんだろうか。月の引力が動物の精神に何か影響するというのもまんざらでたらめではないような気がする・・・・というか、自分はそう考えたい。そういうタイプのようだ。
帰ってきて大好きな冷やし中華が出ていたので食べたら熱はひっこんでしまった。
食べなくてもひっこんだかどうかはわからないが冷やし中華のおかげにしておく。
私は音楽をやるものではないので、音楽産業の収入の分配についてはまったく知識がないがいつも不思議に思っていることは作曲・作詞したものよりも演奏・演技するもののほうが取り分が圧倒的に多いということである。
ベートーベンに著作権料を払う必要はないのだろうが何か釈然としないモノがある。
クラシック音楽界は現実にはエンターテインメントそのものである。
カネにうずまく世渡りの業界である。
諏訪内さんは学生の頃いちやくトップスターに躍り出たかと思ったら、「音楽家には、音楽でないモノを学び感じ取ることが必要です」とかなんとかいってハーバードの音楽とは関係ない学部に学士入学した才媛のはず、リベラル・アーツの提唱である、もちろんみれはとても大切なことである。しかし"宣伝"することではなかった。宣伝とはとりもなおさずただのエンターテインメントである。
一億弱の申告漏れ。海外での公演料だとか。
見解の相違ではなく意図的なものとは、税務署の見解。
彼女は好きな演奏家なのでこれ以上は・・・。
それにしてもクラシック業界は売れてるものとそうでないものの貧富の差はひどい。
芸人とはそういうものなのでこのことをとやかくいってもしかたない。
しかし・・・・作曲作業は明らかに芸術行為としても、それを再生する作業にあまりにカネがうずまいている現況にはなにかうんざりするものがある。
だからぼくは過去に埋没している。
再生芸術とはクラシック業界を皮肉ったものの言い方だが、再生=演奏には明らかに創造的な作業・知的活動が要求される。しかし"創造"というレベルに達するにはあまりにもはるか手前のものだらけである。
もっともベートーベンを演奏して、演奏者を全く感じさせずその演奏はベートーベンそのものであった、などという言い方・解釈もまあ理解できなくもないのだがほめすぎの場合が多い、小沢がウィーフィルつまりウィーン国立歌劇場の総監督に選ばれた理由もわかる、演奏がいまいったタイプなのである。そのためにあるときから急にオペラをやり始めた、それまではシンフォニー指揮者だったのが。
後進育成とか云々はここでは点数に入れない。
ものつくりとしての立場からのみ苦言を言う。
(ヒットラー・ユーゲントであった)カラヤンによってクラシックが世界レベルでお茶の間に・・・、ということは評価できるが・・・というのがマスコミのおおむねの見解だが実はそれが間違っていたのかもしれない。
小説、ポップアートなどと同様の流布要因に悪の根があるのかもしれない。
芸術よ、武士は食わねど・・・、は必要だよ。
なにかかっかっとしてきてしまい、よくないな。
もう、寝よう。
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