蒸し暑くてまいったわ。
すいかが食べたい。
昨今はメロンの進出ですいかが肩身の狭いおもいをしているようだが真夏はやっぱりすいかのほうが似合う。
ことしはたかいそうだ。
といってもあの大きさで3000円だとしても高いとは思わないけど・・・。
メロンの3,4倍はあるかな。
畑にすいかが4つなっている。
2つは直径20センチくらいだろうか、まん丸タイプのはずだが。
メロンは2つ、ただし花がいくつも咲いているのでたくさん?
こういう果実って間引きしなければならないと思うんだけれどついついたくさん取りたくて・・・。
谷中ショウガは水分をきちんとやらなかっだせいか腐ってしまったものが多い。
葉の出ているものも黄色っぽくて心配。
レモン3個順調に。
りんごとなしも今のところくっついてはいるがやがて鳥たちがつつき出すと落ちてしまうことがわかっているのでよーく観察して早めに小さくとも収穫してしまったほうがいいようだ。
5枚目のうち6畝ほとんど発芽せず。もっと遅く蒔いたところがほとんど発芽。
というわけで半分をもういちど蒔き、残りは別品種にした。
境界のお茶の木の中に生えているセイタカアワダチソウを引っこ抜いているとき毛虫にやられたようだ。
両手首がかゆく、掻くと広がっていくのがわかる。
がまんする。
町内会とお店全体のビール会。両方パス。
体調と気分が悪いのでパス。手もかゆいし。
調べ物があって「マルコの福音書」。
ちいさなタネをいばらの中に蒔いても実は採れず、またちゃんと収穫できれば30倍、50倍、100倍とれるだろう・・・、だったかな例えを使ったイエスのさとしをかたるところだがちょうど大豆栽培にあてはまる倍率をぴったし言っているのでびっくりした。
一つのタネから生まれたひと株にふつうは30-50さや付く、ひとさやにはほとんどの品種で2粒入っている。虫食いや未熟粒を除けば無農薬なら30-50倍程度になる。
とんでもない数のさや・・・だいたい100-120、150位は付く・・・・だと100倍程度の収量となる。
中近東なので麦とかいんげん豆を例にした話なのだろうか。
イエスのメッセージよりもタネ/収量の倍率に興味が行ってしまい何を調べていたんだっけということになってしまった。
「日本語に主語はいらない」を読み始める。
こちらのほうがより文法的なリサーチに入るのでゆっくり読む必要がある。
アマゾンで「亡びない」とこの書のコメントを読むが賛否両論激しくておもしろい。
日本語なんかやめたほうがいい、なんて思っている"若者"が存在することにびっくりすると同時に幻滅を感じる。
このひとどういう人生をおくってきたんだろう。
言語の優劣は機能面、論理展開適性等の論点からすればあきらかに優劣は存在するのであろうと思うのだが、欠陥は逆に他の部分を引き延ばすことも考えると総合的にはみんなそれぞれに、その使用者たちにとっては大切な意味をもっているはずである。
そもそも"論理"ということばも、西欧の言語使用、西欧の価値基準をよりどころにしたものごとのすすめかたを言っているので"よそ"の社会・文化にすべて適用できるものではないはずである。
普遍的な論理の構築なんてものが異文化間のおおきな・おおくの妥協なしで成り立つわけがない。
そこに働く原理が"中庸"であろう。
"人間の関係"という世界で成立する真実・真理というものはおおむね極端と極端を廃した中よりにあるものだと思うが・・・。
多数決は便宜であって真理・真実・正義とイコールではない。
自国・自民族言語を捨てることほど屈辱的なことはない。
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